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2009年3月13日 (金)

 「反貧困」

反貧困」( 湯浅誠著)岩波新書を読んだ直後、3月1日(日)NHK教育でETV特集「ひとりと一匹たち多摩川に暮らすホームレスと猫・共生の物語」を観た。衝撃的だったのは多摩川河川敷沿いでは毎月のように自殺者が出ており、最期の地に捧げられる花束が絶えないというナレーターの言葉だった。

考えて見て欲しい。一年に33.000人の自殺者が出る国とはどう言う国なのか?毎日、90人を超える人がどこかで自ら命を絶っている。病気や失業で生活に困り追い込まれて自死をやむなく選んでいる。

これはもう内戦状態なのではないか?イラクを侵略し続ける米兵の一日の死者は30人から40人。実は僕達、私達は見えない戦争を戦っているのではないか?敵は明確に見えないのに死者の数だけはどんどん増えて行く。

戦線はどんどん拡大し死者も正比例して増えて行く。失業と言う名の戦場は全土に拡大し続けている。だが、敵は相変わらず見えない。貧困と言う名の戦場の無慈悲さは放り込まれた人に勝ち目は殆どないことだ。

それは「貧困」と言う見えない敵に対抗する有効な手段が持たざる者の側には見付からないからだ。現代の持たざる階級には(お金や高い学歴、使える資格)と言う武器がない。政府の武器庫(お金、高い資格や学歴を与える人達の組織)を持たざる側に渡そうなどと役人は金輪際考えもしない。これは勿論、政府の強制力が必要だ。

高給役人は税金を名もない市民に使わせはしない。それを自分達だけで消費しようと考える。その為に有力な政治家を見方に付ける。どんな腐った組織でも組織自体を生き延びさせようと言う力が働く。税金を無駄に消費し続ける組織をのものを無くさなくては僕等私達の税金は役人、族議員達に消費され尽くす。権限を官僚から地域の役人に財源と共に移行しなくては持たざるものは救われない。

貧困は自己責任なのか?それは断じて違う。本来役人や政治家が担うべき責任から逃れる為に自己責任と言う言葉を倒錯して使い、弱い立場の持たざる人々に残酷な攻撃を仕掛けているのだ。こんな卑劣な役人、政治家の言葉にだまされてはいけない。私達のお金がどう使われているのかを監視し、浪費する側の説明責任を追及して行かなくてはならない。まずは区議会や市議会を傍聴して見ることから始めたい。私達の納めた税金が弱い立場の人々の自立を助ける為に使われるように、政権が移行し、地方に財源・権限が移行するまで監視しよう。もちろん、地域の役人を監視する市民組織はいつまでも必要だ。

 

参考書籍

「反貧困」 湯浅誠著 岩波新書 2008

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