«  柏崎刈羽原発事故は繰り返される。 | トップページ |  麻生謀略内閣が仕掛ける。 »

2009年4月20日 (月)

4月20日 雑兵達による戦場の奴隷狩り。

「雑兵たちの戦場」を再読した。1995年に新刊で買い、単行本で読んだ時に受けた衝撃が忘れなれない。それはテレビ画面の中のつくりものの世界とはあまりにも違った世界だった。笑われるかも知れないが、劇画「あずみ」の描く世界が実態に近かったのではないかと想像した。中世の戦場。そこで行われたことは、現代のコソボでファルージャでそしてガザで、正規軍により行われている野蛮な行為と何ら変らない。共通するのは武装していない一般住民が被る被害・犠牲の大きさだ。

どうも中世・戦場の実相はNHK大河ドラマ「天と地と」のような訳には行かなかったようで、実際の戦場はずっと残酷で血腥いものだったと思われる。武士が恩賞にあずかる為には是が非でも証拠が必要だ。彼は首級を刈り、後に戦目付け届けなくはならない。その数が多すぎると、布に包んで腰紐に結び付けて居ては機敏に動けなくなる。

戦場で身軽に働けない武士は敵に簡単に討たれてしまう恐れがある。「仕方がないので乱戦の中で鼻を削ぐのがやっとだった。」と書かれた故郷の妻に宛てた手紙が残っているほどだ。著者はゴヤの描く「戦争の惨禍」そのものの世界だと書く。

どんな戦場でも殺し合いをするのだから当たり前と言えばあたり前だが、裏ではもっと衝撃的で残酷な物語が語られる。馬乗りの武士には戦場で主人を補佐する徒歩立ちの侍がひとりかふたり、それに百姓身分の人夫が、荷駄を担うか主人の馬の口取りをする為に2,3人付き従う。この足軽・百姓身分の連中の行為がひどいのだ。
彼等は恩賞も俸給も貰える訳ではないから攻め入った土地で奴隷狩りをして自分の食いぶちを稼いだ。

詰まるところ中世の戦場に於ける戦闘単位は最小3名から最大6名。馬乗りの武士は同じ階級の武士を討たないことには恩賞にあずかれない。中世・戦闘の記録とは即ち恩賞記録の別名だ。主人は戦闘に勝ってしまえば家来が戦場で何をしようと干渉しない。足軽・下人は戦場で女・子供を狩り、二束三文で売り払ったしまうと言う。戦闘記録に載ることはない。

良く中世武士の戦闘絵巻を美術館や歴史教科書で私達僕等も目にすることがある。あれは馬乗り武士が如何に自らが戦場で手柄を立てたか、仕えている大名や将軍に誇示し恩賞請求の証拠として提出したものだと言う。武士階級に取って自分の下人・足軽の乱暴・狼藉は関心の外だったから今日まで記録には残らなかったと著者は推測している。”乱取り”と呼ばれる戦闘地区に住む農民・女・子供の略奪は足軽以下の主な稼ぎとして主人も認めざるを得なかった。

戦闘報告として有名な絵巻に1281年の元寇の役後、肥後の武士・竹崎季長が描かせた「蒙古襲来絵詞」がある。これは鎌倉幕府・北条執権政権に一族郎党の手柄を報告する事情が有ったからだという。恩賞なくしては生きて行けない。皆生きる為に必死だったのだ。下人・足軽はより残酷な方法で生活の糧を得ていたらしい。売り払われた奴隷は何処へ行ったか?皆ポルトガル船に乗せられて海外に売られて行ったと言う。私達にもあった中世暗黒の歴史。ただ、ポルトガルの宣教師も自国に都合の悪いことは何も書き残していない。キリスト教徒の後ろ暗い負の記録は中世・中南米で繰り広げられた負の記録と共通している。

参考書籍:

「雑兵たちの戦場」藤木久志著 朝日新聞社 1995    

|

«  柏崎刈羽原発事故は繰り返される。 | トップページ |  麻生謀略内閣が仕掛ける。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1210330/29637787

この記事へのトラックバック一覧です: 4月20日 雑兵達による戦場の奴隷狩り。:

«  柏崎刈羽原発事故は繰り返される。 | トップページ |  麻生謀略内閣が仕掛ける。 »