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2009年4月10日 (金)

雑兵たちの戦場=中世の傭兵と奴隷狩り

かつて司馬遼太郎は古代は兎も角、中世以降の日本の歴史に奴隷は存在しなかったと書いていた。もちろん、これは司馬遼太郎が間違っていたと言うような次元の問題ではなく、歴史研究の地平が新たに拓かれ、発展していることを示している。新たな事実の発見自体は慶賀すべきことだろう。

ただ、事実は私達の思い込みや歴史の都合の良い解釈を覆す野蛮で悲惨な戦場の実相を照らし出すことになる。戦勝者の側の醜悪で剥き出しの暴力の行使は目を覆わんばかりだ。「切取り強盗は武士の習い」と言う歌舞伎のせりふも有る位だから江戸町民の楽しみだった歌舞伎でも、江戸期以前の侍の濫妨働き(人も物も奪い去る行為。)は歴史上の常識として定着していたのだろう。

騎馬武者より下の階層に属する徒歩立ちの侍。それより下に位置する中間、小物、荒し子、夫(荷物を担う者。ぶと読む。)この「稼ぎ人」と言われる階層は中世ヨーロッパの傭兵と変らない。勝ち戦になれば「乱取り、濫妨取り)を行い、放火略奪を欲しいままにしたと言う。捕まえた侍身分の捕虜は悉く斬り捨て、それ以外の庶民階級は全て戦争捕虜として領国に連れ帰る。彼等は飢えから逃れる為に驚くべき捨て値で、人買いに戦争奴隷を売り払ったと言う。

この戦場に於ける悪習の背後には18世紀後半になるまで民衆は常に飢えていたと言う現実がある。その上、武士・侍が科人として検断されると、主人は処刑され家屋敷だけでなく家族・家来までも全て収奪される。と言う凄まじい中世の法習慣が存在した為だろうと著者は指摘している。

当時の戦場の実相に一番近いだろうと思われるのは「岩佐又兵衛」の一連の絵巻だ。機会を見て
「山中常盤絵巻・浄瑠璃物語絵巻」を鑑賞して頂きたい。中世・戦場もまた現実の戦場と同じく綺麗事ではなかったことが良く理解出来る。

参考書籍:

「雑兵たちの戦場」 藤木久志 朝日新聞社 1995

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