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2009年5月28日 (木)

東電・柏崎・刈羽原発で繰り返される自然破壊

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今年3月に書かれたある記事をまとめ直して見た。それは唐突なようだが、「きっこの日記」26日付けに紹介されている次のような記事。「東電・柏崎刈羽原発の近くに住む漁民は、原発沖合で獲れる魚が巨大化しているか、奇形が甚だしいので漁場を変えている。彼らは巨額の補償金を貰っているので、その事実を語ることはない。」と言う事実に触発されたからだ。50年後でも自然を破壊尽くす愚かさは繰り返され、規模はどんどん大きくなる。

「野田知祐(のだともすけ」)の名前は大好きな作家・冒険家である椎名誠が書いたものに良く出てくるので,名前だけは知っていた。彼らは僕の世代より10歳年上だが、田舎の川遊びの経験は同時代と言って良いだろう。彼が提唱している「川ガキ」とは正に半世紀前に僕等が田舎の自然の恩恵を受けた体験にそのまま重なる。そこで、野田の著作をブログの最後に紹介しておくのでぜひ読んで見て欲しい。おもしろいことは請け合いだ。

さて、僕等は学校から帰るやいなや、ランドルを玄関先に投げ出し、男の子ばかりが連れ立って近くの川へと急いだ。まだ、ハヤやオイカワ・若鮎は6月に入らないと釣れない。その時期まではヤスと粗末な水鏡を持ちもっぱらカジカの類を突いて遊び、フナを釣った。

夏休みになれば本格的に鮎が豊富に獲れた。僕等の地方は友釣りが文化として根付いておらず、清流を遡る鮎を逆さ針で引っ掛ける釣りか、「夜突き」と言ってカーバイト・ランプで川面を照らしながら、浅瀬で眠る鮎や川キス・ハヤそして時にはギギなどもヤスで突いて取った。これは大人と一緒でないと許されない遊びだった。晩夏には落ち鮎を粗末な手作りヤナで獲りもした。

しかし幸せな川遊び野遊びの時間は長く続かなかった。今から思えばなんと危険で無謀なことと思えるが、その頃農薬を大量に使い米の収穫量を上げることは絶対的な善であり、護岸をコンクリートで固めることは大人にとっても進歩に思えた。

猛毒パラチオンや危険なダイオキシンを含んだ除草剤は無造作に田畑に撒かれ、僕等の野山や川から忽ちトンボや蛍は消えていった。子供は無知だからなにも知らなかったが農家のおじさんも県の役人も同じ位無知だったのだろう。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」そのままの光景が僕等の田舎にも訪れた。取り返しのつかないことをしてしまった。

しかし野田知佑の著書の中に度々立ち現れる川カヌー遊びを妨害する田舎役人の横暴にはあきれてしまう。簡単に許可を出さないが理由などないのだ。「遊び」が文化として根付いていない田舎でこそ起きる普遍的な理不尽さと言えるだろう。役人は権威を振りかざしたいだけなのだ。田舎の人たちはお上に従順過ぎる。そして野田知佑はそんな従順なおかみ意識文化も変えて行く。それは小さな民主主義の実践とも言える。

参考著作:

「カヌー犬・ガク」野田知佑 小学館文庫 1997

「日本の川を旅する」野田知佑 新潮社文庫 1885

「沈黙の春」レイチェル・カーソン 新潮文庫 1974

「岳物語」椎名誠 集英社文庫 1989

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