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2009年6月28日 (日)

「須田敦子を読む」 湯川 豊著

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朝日新聞、日曜朝刊・読書欄に「著者に会いたい」というコラムがある。6月28日付け同コラムのタイトルは「須賀敦子を読む」となっていた。著者は文芸春秋の編集者だったと言う湯川 豊さん。僕にとってはもちろん無名の著者だが、「須賀敦子」の名前に惹かれコラムに眼が行った。

一応、本読みを自負する者の一人だが、2,3年前に書店で須田敦子全集の一冊を手に取るまで、その著者の名前すら知らなかった。その一冊とは、ここで取り上げられている筑摩文庫版の第1作「ミラノ霧の風景」だった。彼女の著作を手に取り、その場で数ページ立ち読みし、その透き通るような文体にたちまち引き込まれた。

その後1年程掛けて筑摩文庫から全集の一冊が出版される度に読み進み、現在出されている5冊を全て読み終えた。ただ、僕の手元には一冊も彼女の著作残っていない。それは自分が感動した本は周りに薦めたい。誰でも家族や友人に読んで貰いたいと思うものではないだろうか。

僕も感動した本はやたらとひとに薦め、あげてしまう悪い癖がある。彼女がヨーロッパに渡ったのは第2次世界大戦の傷痕も癒えてはいない1957年頃だったと思う。彼女の深い学識はカトリック思想に裏打ちされているが、それは最初フランスで、後にイタリアでもカトリック教会の庇護も受け、実践的に学び、学位まで獲得したものだ。

彼女の生涯に渡る誠実さ。実生活に裏打ちされ、社会的弱者を守ろうと夫ともに奮闘し続けたそのまなざしの優しさ。僕は他の人にもその優しさと誠実さを彼女の著作を読んで知って欲しかった。そこで、時代は全く異なるが、その時代から30年から40年後に掛けてフランスで教育を受けた家族の一人とイタリアで学んだ若い知人の一人にそれぞれ一冊づづ読み終えた著書を手渡した。

読後の感想は聞いていないが、時代が違うとは言え、外国で言語と文化を獲得することが如何に大変だったかを僕は彼や彼女知って欲しかったからだ。須賀敦子が留学した時代、それは学ぶと共に自分の力で食べて行かなくてならなかった時代だったのだ。彼女の全集にはその時代、欧州で暮らした須田敦子の、そして日本人留学生たちに共通する痛切さが滲む。そのようにしてしか手に入らないものがある。それは現代でも同様だろう。

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