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2009年7月18日 (土)

広島・長崎への原爆投下の不当性を際立たせるために

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三宅 一生が被爆体験を初めて明らかにし、核廃絶に向けた思いをNY TIMESに寄稿したが、彼の願いはオバマ合州国大統領が8月6日に広島へ詣でる事だ。昨日の日記にそこまで書いて何か足りないことに気が付いた。

そう、僕等日本人は広島・長崎を被害者の立場だけで語りがちだが、決してそれだけではないのは自明のことだ。

アメリカ合州国大統領トルーマンは日本に原爆を投下することを正当化したが、それは非白人には何をしても良いと言う意識がなかったとは言えまい。

原爆投下の対象が、その時から、時間をさかのぼること3か月前に降伏したナチス・ドイツだったらどうだったか。合州国のマイノリティの一つ、黒人の多くは、それはもちろん、日本人が白人では無かったからだと断言している。

もうひとつ忘れてならないのは日本に占領され、戦場にされたアジアの国々に取って広島への原爆投下は、被抑圧民族の解放であり、侵略され、夥し死の強制からの解放を意味した事実だ。アメリカ合州国の暴虐が許されないのは当然のことだが、当時の中国、韓国、朝鮮やフィリピンにとっても帝国日本の行った暴虐は許すことも、忘れることも出来ない歴史的事実だ。

ドイツは最近になって、ようやく、なんとかナチスの暴虐の歴史清算を済ませることが出来た。2000万人のロシア人の死や250万人のポーランド人の死、そして言うまでもないが、570万人とも言われるユダヤ人の死に責任のあるドイツ人が自国民は750万人が軍、民間人とが合わせて亡くなったと一方的に主張しても説得力を持ち得ない。

僕等は被害と加害との関係を切り離して広島、長崎の原爆投下の不当性を語ることは出来ない。世界に向かって核廃絶を訴えるなら、自らの加害の歴史も語り継ぐ覚悟がどうしても必要だろう。それでようやく世界は原爆投下の不当性の訴えに耳を傾けてくれることだろう。

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