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2009年9月19日 (土)

湯川豊著「須賀敦子を読む」

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ようやく湯川豊著「須賀敦子を読む」を図書館から借りることが出来た。一応本読みのはしくれを自負していたつもりだったが、数年前にいつも昼休みに行く大型書店で偶然、「ミラノ 霧の風景」の文庫本を手に取り、たちまち引き込まれてしまった。それは筑摩文庫で刊行された「須賀敦子全集」の第一巻目だったのだが、その文体のゆるぎなさ、文章力に僕は圧倒された。この著者の存在を僕は全く知らなかった。高慢の鼻をへし折られたと言って言い。関川夏央は「須賀敦子は出て来た時から既に大家だった」と何処かで書いているそうだが、全くその通りだ。僕はカトリック左派どころかキリスト教にも詳しくはない。新約聖書を何度か読み、旧約聖書は「ヨブ記」と「出エジプト記」で挫折という程度の知識しか持ち合わせてはいない。ただ、カトリックの持つ真摯な「弱者救済思想」は数々の実践活動に裏打ちされており、やはり感心せざるを得ない。これには欧州の長い植民地政策の先兵をカトリックの宣教師が果たしたことへの深い反省による揺り戻しという面もある。ただ、それでも日本の坊主たちより実践面でよほど優れていると思う。話をもとにもどすと、文庫本で刊行された「コルシア書店の仲間たち」「ヴェネツィアの宿」「トリエステの坂道」「ユルスナールの靴」までは一気に読み終えたが、やはりそこには実践とゆるぎない信仰と思想に裏打ちされた本物の知識人が立ち現れて来たように僕には感じられた。さて、湯川豊さんの著者年賦により、僕が「須賀敦子」の存在を知らなかった言い訳がようやく出来た。彼女の最初の著書「ミラノ 霧の風景」と「コルシア書店の仲間たち」が刊行された間の数年、僕が日本を離れていた時期と重なることが今回分かったからだ。それにしても人と言うのはどこかでつながっているものだ。須賀敦子が務めていた上智大学には古くから障害を持つ子供達と遊ぶ学生サークルがある。
僕の家族のひとりは幼児の頃から、ここの学生と知り合いだった。その後、欧州で高校まで終えるとすぐに、大学は違うもののたちまちこのサークル活動に入り、成人すると障害児教育に携わっている。もうひとりの家族は「国境なき医師団」に定期的に寄付を行い、最近はフード・バンク活動に参加しているようだ。2人ともカトリックの国で大きくなった。それは偶然ではないと僕の尊敬する大先輩が語っていたことを今、思い出した。

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