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2009年9月26日 (土)

善意溢れるアメリカ人

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きっこさん」が専門学校生だった頃、日芸の講義にてんぷら学生になって潜り込んだ思い出を書いていた。僕もそうだったから偉そうなことは言えないが、ただ大学生になりなんとなく講義に通うより、自分から興味を持つほうがよほど勉強は身に付くというものだ。僕は外国語学部の学生ではなかったが、住んでいた近くに米軍の基地があり友人たちが米軍将校の家庭で英会話をならっていたのに付いていったことがある。当時はベトナム戦争が一番激しい時代だった。英会話を教えてくれていたのは軍医の家族だった。もちろんボランテイアで、夫である軍医が率先して教えてくれていたように思う。僕はこの家庭には2回くらいしか行かなかったので何を習ったかも覚えていない。それからしばらくしてから今度は海軍将校の奥さんが夫の作戦行動中は暇なのか、何人かの学生とその家庭に通った。ここは続いて1年程、土曜か日曜に雑談形式で英会話を習った。一度どう言うわけか僕だけしかいなかった時に陸に上がっていた夫がいて、上はスーツだが、靴はひどい状態だったのをなじられた覚えがある。奥さんのほうが懸命に庇ってくれたが二人のところを邪魔されて内心怒っていたのだろうか。貧乏学生で靴を買い換える余裕がなかったのだ。この家庭ももちろんボランテイアで教えてくれていた。そこへはなんとなく足が遠のいた頃、横浜の陸の上にやはり海軍将校の住宅があり、そこもどう言う訳か若い軍医夫婦の家庭で、生まれたばかりの赤ちゃんがいたが、やはりボランテイで英会話を教えてくれていた。善意にあふれたインテリ若夫婦だったが、知り合ってわずか半年で本国に帰っていった。僕ら数人の学生はそのような方法で英会話が出来るようになった。言うまでもなく大学の講義で外国語が身に付く訳はない。なんだかんだ言ってもアメリカ人はやはり善意溢れる人達が多いように思う。そして判で押したようにボランテイアによる無償行為。ベトナム戦争の顔と善意の無償行為の顔のどちらもアメリカ人の顔だ。

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