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2009年3月29日 - 2009年4月4日

2009年4月 2日 (木)

 深刻な子供達の貧困

研究者でもない僕に「反貧困」を語る資格があるとも思えないが、若者の貧困率がOECD加盟国中不名誉にも一番上がっていると知って愕然としている。子供に取って最大の不幸は進学できないことに尽きる。それもほぼ義務教育化した高校へ進学できないことだろう。彼女、彼らの無念もさることながら残酷にも将来の希望の芽を摘む親や世間への憎悪と失望をおもうと、あまりにも不憫だ。

子供達の教育選択権を奪う権利は誰にもない。最も弱い立場の子供達に国や自治体は「貧困」を押し付けるのかと問いたい。現代の先進国でそんな国は私達の日本とアメリカの他は存在しない。それは親の貧困が子供の未来を奪って行く貧困の連鎖につながる。一番過酷な貧困はは母子家庭に有るという。

母親だけの家庭で母が生活の為に土曜も日曜もなく休みなく12時間も働く現実。それでも手元には12,3万円しか入らないと言う。そのような給料では母と子がふたりで生活するのがやっとだろう。進学に掛かる費用など貯めようもない現実。過酷な労働が原因で母親が倒れたらそれでもう母と子の生活は成り立たなくなる。昨年12月にNHKスペシャル「ワーキング・プアIII」で放映された現実。

これは外国帰りのよく言う”ではの守”の話どころではない。シングル・マザーでも正規に婚姻を結んで子供をもうけた家庭と同等の社会サービスが受けられるのがフランスだ。国から支給される家族手当に嫡出・非嫡出の区別はない。

西欧と北欧の多くの高校・大学、義務教育ではないが授業料は不要だ。国が費用負担をしている。もちろん、入学金も掛からない。先進国なら教育の機会均等を標榜するのはあまりにも当然のことだ。以前もここに書いたが学校食堂も驚く程安い。大学の食堂で200から300円で昼食が食べられたものだ。今でも3ユーロ位なものだろう。(1ユーロ=¥125でも¥375.実際は1ユーロ=¥100の感覚だ。)

子供の将来を奪えば必ず貧困の再生産が起こる。その先には負の費用負担が待っており、それは全て税負担となって僕等私達に掛ってくる。その税負担は生活・医療・雇用保護のような後ろ向き負担となってしまうだろう。

何故、今子供たちの未来の為にお金を使わないのか?それは私達の国の未来に投資することであり、子供たちが生産的で有れば、税を払い年金の掛け金も払ってくれるではないか。何よりもこの国の安定と安全が将来に渡って確保されには子供達の未来の確保が絶対条件ではないか。

尚、「貧困の学校」によれば日本の消費税負担はEUと異なり、既に食料品や生活必需品のも一律5%が掛っているため、今でも驚く程重いことをお忘れなく。役人に私達僕等の税金を食いつぶされてはならない。

貧困の学校」宇都宮健児・湯浅誠編  明石書店 2008

「反貧困」 湯浅誠 岩波新書 2008

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森田健作にさらに違法献金問題が発覚。

4月01日付「きっこの日記」、「世田谷通信」は森田健作がドンキ・ホーテから受けた献金が、政治資金規正法22条の5、企業・団体献金の外資規制に抵触している疑いがあると報じている。

この法律は2006年末に緩和されたそうだが、2006年度に貰った分についてはまだ時効の3年に掛らないとのこと。検察が捜査を行い摘発することは出来るそうだ。

4月01日に一部の夕刊紙はこの森田健作・違法献金疑惑を報じていたが、他紙は見ていなので判断出来ないものの「朝日新聞」はこの一連の疑惑を全く報道していない。裏を取ってから報じるのか?それとも何らかの意図を持って無視をし続けるのか?推移を注意深く見てみたいものだ。

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 「報復」と「ベスト&ブライテスト」の間。

このブログ記事はThe Best and The Brightestのここが肝心だと思った抜粋箇所からの翻訳引用である。

1960年代のケネディー政権下。請われて国防大臣に就任したロバート・マクナマラはある年、泥沼化したベトナム戦争下の現地視察にサイゴンを訪れる。在ベトナム米国大使の要請で当時サイゴンで取材を続けていた何人かのアメリカ人戦争報道特派員達は、急遽マクナマラにブリーフィングを行うことになった。

そのブリーフィング要員の中のひとりにD・ハルバースタムもたまたま選ばれていた。彼等・戦争特派員は入念に事前準備し「この戦争の行方は思わしくないと結論するに至っていた。」よし、その線でマクナマラ国防長官にブリーフィングしようと彼等特派員は、てぐすねを引いてマクナマラが現れるのを今や遅しと大使館内に設けられた一室で待っていた。

すると、彼等の目の前にひとりの大使館員が現れ、ブリーフィングの内容は戦争に関わることではなく、経済に的を絞ってブリーフィングしてくれるように迫った。それについて押し問答する間もなく目の前に当のマクナマラ国防長官が現れる。ハルバースタムは「完璧な上級官僚とは、自分に取って不利な情報には細心の注意を払い近づかない者だ。」とその場で即座に悟る。

さて、そのロバート・マクナマラは1943年当時・陸軍航空隊に所属する大尉だった。彼の仕事は1945年3月10日には東京を絨毯爆撃させ下町を中心に10万の民間人死傷者を生じさせたカーチス・ルメイ少将のもとで”如何に効率良く効果的に都市爆撃の成果を上げる”か戦略立案することだった。

1960年にはマクナマラがフォード創業家以外で初めて社長に就任している。それからほぼ半世紀、約50年後、彼の古巣は創業以来未曾有の危機の直中にある。3大自動車会社をここまで追い詰めたのはオイルの高騰と日本の自動車会社だ。これは私たちには感慨深いことではないか?歴史的因縁を感じるのは私だけだろうか。

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2009年4月 1日 (水)

 朝日 森田健作違法献金疑惑をやっと報道

朝日新聞、森田健作違法献金疑惑をやっと報道

森田健作氏側に違法献金 980万円。

<朝日新聞4月4日(土)30面に漸く掲載されたベタ記事だ。記事内容は4月01日に「きっこの日記」に掲載されたものとっくり同じ。違うのは「森田氏は3日、事務所を通じて「事実関係を確認し適切な対応をするよう指示した」とのコメントを出した。」というと箇所だけだ。笑ってしまうのは芸人・森田健作が本名・鈴木栄治代表の自民党支部に指示を出している。と朝日新聞が弁明してやっていることだ。

僕は4月2日に「きっこの日記」の表題記事を引用して”朝日新聞は何時この森田健作違法献金疑惑を報じるのだろう”と別のブログに書いた。4月4日の朝日新聞朝刊の記事に出ていたのは<違法に献金を受けて返せば罪に問われない。>と言う呆れた論理だけだ。

それはそうだろう。小沢一郎の公設秘書が西松建設からの迂回献金虚偽記載嫌疑で逮捕起訴されているのだ。小沢一郎を叩いて民主党党首の座から追い落としたい朝日新聞の論理は一貫している。<森田健作は違法だと知らなかったのだから受けた献金は
返せば罪にならない。>と言い張らなければ、自らの論理は破たんしてしまう。

個人的には小沢一郎は森・二階・尾身と同様の疑惑が掛っているとは思う。単純に小沢を罪に問うなら自民党に1ダースはいると疑われる真っ黒な代議士も罪に問えと思うだけだ。連中が捕まらないのなら、小沢の公設秘書・大久保も罪には問えない。

小沢は麻生の謀略に引っ掛けられたのだろう。朝日新聞はその尻馬に乗っている。大企業マスコミは常に権力に寄り添って生きる。彼らは決して僕等私達の側には付かない。新聞・テレビは市民の見方ではない。朝日・毎日であれ彼らに幻想を抱いてはならない。

麻生謀略政権が次にどんな謀略を仕掛けてくるか監視する必要はあるが、ドジを踏む可能性も高い。もう一度勇気と決断力のないところp>

を見せてくれるのかと興味は尽きない。朝日の意気地のない報道ぶりも見守りたい。

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4月01日 カジノ資本主義は中国でも暴走するか。

ある著名な歴史・経済史家は1980-90年代のアメリカ経済の状況を例えて「豪邸に住んでいる金持ち家族が、入ってくるお金以上に浪費を続け、不足分は資産を切り売りして凌いで来たが、気付いたら豪邸も資産も全て失い、借りている農場で暮らしているようなもの。」とある会合で発言した。そのようにハルバースタムは自分の著書・TheNext Centuryの中で書いている。

1986年から1992年の日本。バブル・泡経済は頂きへと昇り奈落へと落ちていった時代。D・ハルバースタムは東京で同時代に泡経済を目撃したと推測する。その根拠として1986年にReckoningが出版され、1991年にはThe Next Centuryが世に出ている。どちらの著作にも数多く日本人とのインタビューが載せられているが、それは主に東京が舞台で行われている。

彼が家族と共に数年間日本に住んだことは、その著書The Next Centuryに書かれている。このジャーナリストは日産とフォードの取材に5年を費やしている。本物のジャーナリストとはこの人のように対象に真摯な人をして指す言葉だろう。

著者が1991年にThe Next Centuryを出版していると言うことは、その前年の1990年の日本滞在時に、彼は泡経済の狂乱実態をを同時代の日本で目撃していると考えて良い。

日本の銀行や商社、大手不動産会社は空前の儲けを上げて世界中のビル、不動産を買い漁っていた。全く本業と関係のない分譲マンション業者がボルドーのワイン・シャトーやゴルフ場を、医療機器商社がブルゴーニュの改装された古城ホテルの買い漁りをしていたが、僕は1990年それを現場で目の当たりにした。

21世紀に世界経済の覇権を握るのは中国と今現在なら誰でも言うだろう。その当時は北米経済状況は1987年のブラック・マンディを経験した後で最悪だった。立ち直りの途上に有った米国は製造業・特に自動車産業に於ける日本の台頭を認めざるを得なくなった。ほんの一瞬だが世界経済は日本が牽引すると信じた時代があったのだ。

それから20年。アメリカもまた金融工学と称する泡債権で儲けるだけ儲け、得意絶頂の頂きから深い谷底へ墜落して行った。2010年、中国台頭の時代は確実だろう。ただ、カシノに熱狂するのは中国人の文化的原罪のようなものだ。中国人が牽引するカシノ経済。彼等の熱狂に引きずり込まれる泡・バブル経済の到来と10数年後の破綻の及ぼす影響は想像するだけでも恐ろしい。

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2009年3月31日 (火)

The Next Century 再読。

僕がオリジナルで読んで来た作家、ジャーナリストの著作はそれほど多くない。数少ない中でも最も敬愛する北米のジャーナリストにD・ハルバースタムがいる。この著名なジャーナリストはほぼ3年前の2007年4月に学生の運転する車に同乗して居た際、衝突事故に巻き込まれ不慮の死を遂げている。

今時イギリス語で本を読む人など珍しくもないが、D・ハルバースタムに関しては次の3冊の著作をまずは原文で読んだ。The Best and The Brightest. The Reckoning. The Next Century. それぞれ時代背景はもちろん違うが北米の権力機構や大会社経営層を理解する上ではどの本も大変参考になった。

The Reckoning とThe Next Century は日本に関する記述も多く著者は日本に対して極めて好意的なジャーナリストだと思う。The Reckoningを書き上げる為には長期に渡る 取材が不可欠だったと言う。特に日産幹部や従業員へのインタビューに時間を費やしたが、当時の日産広報課員達は自社経営幹部とのアポ取り要請を実に効率良く妨害し続けたとThe Next Century で書き留めている。

取材には膨大な時間が掛かる。その為ハルバースタムは自費で家族と共に東京暮らしをしたそうだが、自国政府や大学から何の補助も受けない長期滞在となり、物価の高い東京で大変な出費を強いられた。彼はその経験を恰も「人類の歴史上、世界一高額なメーターのタクシーに乗っている感覚。」と自書の中で皮肉を込めて書いている。

それでも自国産業、特に衰退する原因を当時のライバルである日本や西ドイツの台頭だけに求めていない姿勢は高く評価すべきだと思う。自国に欠けているのは製造業に対する尊敬。それに教育と訓練だとD・ハルバースタムは結論付け、教育の必要性に結論が行き着くことに自らも驚いている。

「Reckoning」=日米・自動車産業の興亡史は北米教育再生を願う本となってもいる。それはもちろん日本の義務教育や社内教育・訓練との比較で書かれている。The Next Centuryが書かれた1991年以前の日本の大企業に派遣労働者問題は存在しなかった。

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森田健作の無所属偽装に支持者が激怒。

2009年3月31日 (火)

森田健作の無所属偽装に支持者が激怒.。

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下記は3月30日の「きっこの日記」世田谷通信の抜粋だ。同様の報道は同時に毎日と読売新聞で報道されたが、朝日新聞はいまだ沈黙している。マスコミは自民党の森、二階、尾身の疑惑を追及するつもりはないのか?迂回献金疑惑は森田健作も同様ではないのか?

引用抜粋:

森田健作の「完全無所属」は大嘘で、自民党の支部長をつとめていた上に、自民党から多額の寄付金を受け取っており、また選挙告示日の直前まで自民党県議のパーティーに連日出席していたことが分かった。森田氏が支部長をつとめるのは、森田氏が参院議員だった1995年1月に設立された自民党東京都衆議院選挙区第2支部で、現在も支部長をつとめている。支部長の登録は本名の「鈴木栄治」になっており、2007年までの4年間に計1億6185万円の企業、団体献金を受け、このうちの9割以上の計1億5030万円を森田氏が代表を務める資金管理団体「森田健作政経懇話会」に寄付していた。つまり自民党の名前で集めた多額の献金を自分の資金管理団体へと迂回していたことになる。10年間に3億円の献金を受けていた民主党の小沢一郎代表が問題視させている今、わずか4年間で1億5000万円を超える巨額の献金を自分の資金管理団体へと迂回させていた事実が発覚した森田氏が言及されることは避けられないだろう。今回、森田氏に投票した船橋市の商店主の男性(54)は、この事実を知り「森田さんが完全無所属だと連呼していたから一票を投じた。これでは詐欺にあったようなものだ。集票のために嘘をつくのは選挙違反ではないのか。私の票を返して欲しい」と激怒していた。

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2009年3月29日 (日)

 新たな本との出会い。

一度目は20代の始めに出会った司馬遼太郎によって救われたことが有ったと昨日・3月29日(日)の日記に書いた。2度目は30代後半やはりパリに住んでいた頃、20代から親しんでいた米国のジャーナリスト、D・ハルバースタムの新たな著作によって救われる思いがしたことを書き留めておきたい。

救われる思いと言うのは具体的には精神の安定という事だ。外国に住んでいると時に人は精神のバランスを崩しそうになることがある。自らが依って立つものが何か?外国に住んでいれば否が応でも個人がその国の、僕の場合はフランスが代表する欧州の文明や文化と向き合わざるを得ない瞬間ということがあった。

その巨大さや圧倒的に迫る文化的圧力に対抗するとすれば、相手の文化の相対化が必要になる。文化はまあ良い。余程の植民地型知識人でなければ今時例えば、日本語もフランス語も論理性では等価であると言うことを否定する者はまずいないであろう。

半世紀も昔、パリ大学で日本語を教えていた森有正と言う哲学者がいた。「彼は日本語はフランス語比べて論理的でない。従って日本語は劣っている。」という馬鹿げた論を展開していた。72年当時、僕はパリで日本から来た私大教授に森有正を知らないのかと呆れられたが、パリで学生をやって居た訳でもない者が知っている義理はない。話をもどせば、

これなどは言語は使う人間が非論理的であれば非論理的展開になると言うことに過ぎない。森某の頭脳構造が非論理的なだけで単なる道具として使われる日本語には何の非もない。事は簡単で、彼が非論理的な植民地型知識人だったと言うだけのことなのだ。

はしとナイフ・フォークを使う文化に優劣などない。欧州でパスタを音を立てないで食べる文化と我が国でそばを音を立てて啜る文化に優劣はないのと同じことだ。ただ、ともするとマナーを取り違えて、日本国内でそばも音を立てずに食べようとする植民地型の人がいない訳ではない。このような人は欧州の価値観に完全に毒された気の毒な人なのだろう。

そんなことで文化に優劣はないと言うは今や僕でも知っている常識だからまあ良い。そこで自分の前に立ち塞がるのは欧州文明だ。ヨーロッパ文明が、大げだに言えば自分に覆いかぶさり圧倒しようとする。時々そんな気がしたものだ。

そんな中ハルバースタムはその著書ザ・ネクスト・センチュリーの中で「世界史上、日本文明が開発途上国だったことはない、」と書いていた。この言葉に僕は非常に勇気付けられたものだ。英語で発表された著作で日本文明が正当に認められた嚆矢だったのではないだろうか。

「The Next Century 」David Halberstam 1991 William Morrow and Company,Inc. N.Y.

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 本との出会い

人は出会った本に救われる事がある。特に海外で心細い時に文庫本で救われることが有る。僕は海外に長く滞在していて本に救われたことが2度ある。一度目は1972年頃、まだ20代の前半パリの屋根裏部屋に住んでいた際、そして2度目は1986年から30代後半,家族で集合住宅に住んでいた頃、それぞれ、その時代に書かれた何冊かの著作に出会い救われた思い出がある。

20代での最初の渡欧時、学生時代から読んでいた司馬遼太郎の文庫本を何冊か、スーツ・ケースに入れて持って行った。題名は覚えておらず、1年後東京に戻る際、全て現地で知り合った友人達にあげて来たので手元に一冊も残ってもいない。だが、異国での孤独感と巨大な石の文明に圧倒される思いを鎮める働きが、司馬遼太郎の文庫本にはあった。

もちろん、日本語への飢えを癒すには山本周五郎でも池波正太郎でも良かったのだろうが、フランス人と拙いフランス語で話す際に司馬遼太郎の著作にどれだけ助けられただろう。僕等の世代に共通するのかどうかは分からないが、僕は子供時代に日本の歴史や古典をきちんと身につけて覚えがない。学校で誇りを持って日本文化や歴史を教わった記憶が全くない。

もちろん、学校の授業で歴史や国語を教わったことはあるがそれは通り一遍のことで、授業が終われば全て忘れる類のものだ。あくまでも試験に出るかどうかにしか生徒の関心はなく、学生は面白みや魅力を日本歴史や国語に感じようもない。

それはやはり、自ら身につけるしか他に仕様のない知識とか教養と呼ばれる類のものなのだろう。自らの国の歴史と文化に対する誇り。それを敗戦で心と身体に傷を負った父親と教師から学ぶのは不可能と言うものだったのだろう。魅力的な江戸期から近代の作家群。躍動感溢れる日本の歴史と英雄たち、そのすべては学校の外で自分で身に付けるしかなかった。

司馬遼太郎のベスト・セラーのひとつ「竜馬が行く」は高校1年性の頃に読んだと思うが、学生時代に読めるものは全て読んだ。そこで初めて日本人の文化と文明に誇りを持つことが出来、戦国時代から近代の夜明けまで僕等の国の背景を知ることが出来た。

司馬遼太郎が居なければ、自分は英国人やフランス人に何ひとつ自国の歴史や文化を説明することが出来なかっただろうと思うとぞっとする。もう一人の作家・ジャーナリストの著作との出会いについては次の日記・ブログに書き留めたい。

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 米自動車産業の破綻を預言 。 D・ハルバースタム。

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アメリカ合州国の著名な作家・ジャーナリスト、D・ハルバースタムが交通事故で不慮の死を遂げてからまもなく2年になる。2007年4月24日に彼の訃報を聞いて大変衝撃を受けた愛読者のひとりだ。

過去ブログでも書いたように「The Best and The Brightest」にはケネディ政権の失敗の本質が事実だけでこれでもかと記録されている。僕はその徹底した追及ぶりに感嘆した読者のひとりだ。それが理由で自然と次に出るハルバースタムの著作を心待ちするようになった。

彼はピュリッツァー賞受賞ジャーナリストとしてつとに有名になるが、単にその名声に惹かれて彼の著作を読んでいた訳ではない。繰り返しになるが、人は誰も好んで失敗などしたくない。失敗の本質を知りたいのは人の本能のようなものだ。読み終えるのが大変でも、失敗しないで済む秘密が書いてあるなら読み通そうと人は思うだろう。

この作家は奇妙な程、僕等私達・日本に大変好意的だった。日本人の勤勉さ・高い教育程度・規律と練度の高さ。そして日本人が新しい産業を興す為の研究・開発にお金を惜しまないことを賞賛していた。

それは反面教師として自国・アメリカへの警告でもあった。日本を対比させ自国の自動車産業の再生を願って書いたノン・フィクションがThe Reckoning ( 報復とか勘定に入れる。想像を働かせる。と言うような意味だろう。)だ。日産とフォードの興亡史として書かれ、NHKでも番組として制作された。日産とフォードの社史、それも第三者の観た遠慮会釈のない社史でもある。

この著作原書は1986年の9月に出版されている。ほぼ、四半世紀後の2009年の3月26日、合衆国大統領オバマは総崩れにある自国自動車産業の救済を発表した。その演説の中で彼は「安いガソリンを当てにしてSUVを造り続けるやり方は通用しない。日本や欧州のような競争相手がなかった1950年代のようなアメリカ優位の時代は終わった。」と言っている。

D・ハルバースタムが生きていたら現在のアメリカ経済の状態を彼はどう表現しただろう。彼の誠意溢れる自国自動車産業への警告が経営者の耳に届くことはなかった。自国マネーの暴走を見ることの無かったハルバースタムは幸せだったかも知れない。

参考著作:

「幻想の超大国」-アメリカの世紀の終わりにー  狩野秀之訳  講談社文庫 1994

「覇者の驕り」ー自動車・男たちの産業史 高橋伯夫訳 上下 新潮文庫 1990 

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