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2009年4月19日 - 2009年4月25日

2009年4月22日 (水)

 「マッド・マネー」 1930年代の恐慌に学ぶ II

大恐慌の欧州での拡大について経緯をスーザン・ストレンジは次のように述べている。

●兆候はオーストリアの小さな銀行破綻で始まった。それをきっかけに世界経済が新たな不況とデフレに陥り、そこから回復するのに長い年月 ー  そしてひとつの世界大戦ーを必要としたのは、なぜだろうか。

●キンドルバーガーは覇権安定論と言う概念を創り出し、指導国が最後の貸し手になると同時に、投売り的に輸出される商品に対して市場を開放しシステムを管理する必要があったと主張した。(1973) 
(今日まで、様々な回答をたくさんの経済学者が示したにしても、1990年代の著者を含めた経済学者達は彼は正しかった。と見ている。)ここからは、大恐慌がおこり、世界経済が破綻する前に取れたであろう予防行動についての教訓から学んでみよう。

●既に幾つかの国内銀行の破たんを経験していたドイツ・フランス・イギリス・アメリカなどの中央銀行は、31年が明けてすぐ、いずれも公的な基金を設立することを提案していた。 イングランド銀行はBIS(国際決済銀行)が管理する共同基金を提案した。このイギリス提案はその後62年に導入されたGAB、金融の信認回復(ドルやポンドの金詰りを起こさせないこと。)に必要な流動性を前もって提供する。に先立つ協定の本質に似ている提案だった。

●しかし、フランスとアメリカはいずれもイギリスに不信感を持っており、これは自国の輸出市場の財政再建を狙った念入りな計画ではないかと疑い、折角の 提案を支持しなかった。こうしてオーストリアの小さな銀行は破綻し、オーストリアは国際連盟の金融委員会に救済を求めたが、たらいまわしにされ融資は遅れ、「融資の出し惜しみと遅れが重なって、惨事を招いた。」のだとキンドルバーガーは主張している。

●なぜ、融資は遅れに遅れ、出し惜しまれたかは、ふたつの理由があると言う。ひとつには問題の銀行が以前に買収した銀行が、資本の二倍近い負債を抱えていたことが後からは判明したこと。それは日本の銀行が、これが書かれた1997年の話として、返済されることのない「不良債権」を隠す技術に長けており、始末に終えないことと通じる。この不名誉な事実はアメリカ、欧州の銀行でこそ2008年に頻発することになるのは皮肉だ。

●もうひとつは金融破たんの伝染性である。このオーストリアの小銀行が破綻する前でさえ、問題は中欧の大半とドイツに広がっていた。結果、ドレスナーやドイツ銀行と言った大銀行からは大量の預金流失が起こり、中央銀行であるライヒスバンクは預金準備から金を失っていた。ドイツは賠償金をフランスに支払えず、フランスはアメリカに戦時債務が払えなくなった。

●しかたなく、アメリカ、フーヴァー大統領は全ての政府間債務のモラトリアム(支払い猶予)を提案することになった。ただ、民主主義国は手続きに手間取る。その間にBISを通じたドイツへの融資は消えてなくなり、フランスが31年7月に同意したときにはイギリスにまで広がった危機を食い止めること出来なかった。ポンドは31年まで金と交換出来、しかも金には付かない利子がポンドには付いており、ポンドがスイスやオランダにより一部引き出された。イングランド銀行はFRBとフランスから融資を受けたが金額は少なすぎ、民間の銀行からの融資を利用すると市場に狙い討ちされるので、それが使われることは無かった。(この一節は2007、8年に起きていることと全く同じ。)それにイギリスの政治的混乱が重なり、1931年9月、イギリス政府はポンドと金の兌換を永遠に停止した。

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 酒酔い中川昭一 核武装を提案。

4月19日(日)発信、酔いどれ中川昭一が北朝鮮の核開発再開に絡んで核には核兵器開発をと帯広市の会合で発言した。この男、本気か?それとも、まだ、酔っ払っているのだろうか。いやいや、国士を気取っているそうだから、本気で核武装論を展開していると考えて良い。

彼は言うまでもなく政治家、立法府である衆議院議員だ。それも自民党の有力閣僚経験者。誰が考えても戦術核兵器ですら現行の平和憲法下で持つことは適わない。現憲法下で核武装が出来ると言うなら、その法的根拠を上げて欲しい。現憲法下では出来ないと言うなら憲法改正を掲げて、来る衆議院選挙を戦わなくては論理に一貫性がないことになる。どうか公約に掲げて欲しい。

核武装とは核弾頭を持つということなのだろうが、この男の幼児性に驚く。自らの発言に責任感のかけらもないとしか思えない。搭載ミサイルはどうすのか。独自開発ロケットは有るにしても、核弾頭の開発・実験・搭載・弾頭を載せての実験。場所は何処にするのかな。また、現有戦闘爆撃機に搭載能力はない。

自衛隊は敵地攻撃は出来ないことになっているので、初めからそのような仕様になっていない。改良は簡単だが、ライセンス生産には制限が付いているだろうから、米空軍を怒らせるようなことは出来ない。自前で開発するしかない。

また、持つ前に、核開発すると宣言したら国際的な反発は半端ではないだろう。その反動にはどう対応するのかな。開発、保有は北朝鮮並に秘密で実行するのか。核実験はどうする。地下核実験か。どこの地下でやるのか。今の日本で軍の秘密は守り切れない。漏洩はどう防ぐ。北朝鮮に倣って秘密収容所でも造るのか。冗談ではない。核開発が出来る時代とは身の毛もよだつ体制が出来上がっていると言う時代だ。

酔いどれ中川昭一は島国日本で核武装が可能だと本気で思っているのだろうか。戦略的にこの圧倒的に不利な位置関係に想像力を働かせることが出来ないのか。仮に北朝鮮を叩けても、中国、ロシアからの多数の核ミサイルは防げない。僕等は死滅するが、国土の広い中国、ロシアは生き残る。

最大の関門。日本が核武装を目指すと言うなら、アメリカの核の傘からの離脱を意味する。当然日米安保条約の見直しが俎上に上がる。アメリカとの関係をどうするのか。日本の核武装に警戒感が強まり、北米の世論が硬化しても自説を曲げないだけの信念があるのか。アメリカで日本製品の不買運動がすさまじい勢いで起きたらどうする。中国も然り、韓国も然りだ。日本経済は壊滅する。

安倍晋太郎は出来もしない「拉致被害者の救出」を声高に叫ぶが、それは選挙目当てでしかない。解決への展望など誰も持ち合わせていない。
出来もしないことを選挙目当てで叫ぶのは、このふたりの手に過ぎない。困難を迎えて、直ぐに投げ出す世襲議員のへたれぶりも共通する。

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 「マッド・マネー」 1930年代の恐慌に学ぶ。I

4月19日(日)に放映された「NHKスペシャル・マネー資本主義①なぜ暴走した?」…を観た。第一回目を観ただけでだが、、大半は既にNHKや新聞マスコミで報道されており内容に新味はなかった。これから数回、シリーズで放映されるようだから、それを見てから感想をまとめて見ようと思う。

ただ、ソロモン・ブラザーズにより開発されたモーゲージ債と言う商品が番組で紹介されいたが、本来は政府系住宅公社による保証が付く安全性の高い債権が、サブプライムのような悪夢の元を生み出したのだな。そして、そのきっかけは債権ディーラー達の「強欲」が生み出したのだなということだけは理解出来た。

尚,WEB検索を掛けると2007年11月2日のロイター速報記事「米メリル、モーゲージ債の損失計上めぐりヘッジファンドと操作」と出ている。その内容はSEC(米証券取引委員会)が「メリルの関係会社がモーゲージ債権を含んだCP(無担保約束手形)を10億ドル発行し、ヘッジファンドは1年後に最低保証付価格を償還時に上乗せしてメリルに買い戻させる。」と言う密約の存在を知り調査するというもの。

「後で利益を載せて貴社に戻すから、損失発覚を1年遅らせるのに協力しろ。」これは、3年前には既に大きな問題になっていたサブプライムに端を発する不良債権問題が、米規制当局の力でも解決出来ない程に拡がっていたことを伺わせる記事だ。

そこで スーザン・ストレンジの著作を読み解き、世界が何故このような金融恐慌に陥ってしまたのか、又、この金融恐慌から抜け出す方策があるのかを素人ながら考えて見た。ストレンジは1929年の大恐慌を例に取り、1997年出版の著書「マッド・マネー」の中で、これから起きるであろう大恐慌を警告。終焉させるには如何なる方策があるのかを考察している。尚、このイギリス人、女性経済学者は惜しくも11年前の1998年に75歳で亡くなっている。

さて、2009年1月に日本語訳で刊行された同書を紐解いて見ると、ヒントになりそうな第3章 「政治的支柱ー日米枢軸」に大変参考になる要約が見付かる。この章は1986年12月に引き起こされ91年の2月に弾けた日本の泡経済とアメリカとの関係を主に論じている。同時に1929年10月、アメリカの「バブル経済」はウオール街おける株価大暴落で弾けたが、その原因と対処法。大恐慌に陥る道程のどこで、何を間違ったかを論じれば、次回は同じ間違いを犯さないのではないか、と著者は考え、それを本章で論じている。

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 台北にて。

4月5日(日)に放映されたNHKスペシャル「JAPANデビュー」で1895年に始まる帝国日本による台湾統治が、当時植民地支配に長けたヨーロッパの強国のひとつフランスを手本に、どのような経緯を辿り、50年後にいかなる終焉を向かえたか。番組を観て自分なりの感想を書き留めたところ、いくつかコメントとトラック・バックを頂いた。

それについてはここでは触れないが、5年程前に旅行客として妻とふたりで数日間台北を訪れたことがある。目的は「故宮博物館」の収納物を見学すること。そして今評判の中華料理を堪能することのふたつ。もちろん、どちらも素晴らしく僕等の期待を裏切らなかった。とりわけ「故宮博物館」には感激した。過去に何度か訪れて好きになった博物館・美術館がいくつかある。お勧めの博物館をここで挙げてみる。ます、トルコ・アンカラ郊外に位置する「アナトリア考古学博物館」。酔いどれ中川に思い出を汚された感じのするローマの「バチカン博物館・美術館」。仏・トゥールーズの「トゥールーズ・ロートレック美術館」などは機会があれば訪れて欲しい。そんな中で「故宮博物館」は好きな博物館の筆頭に挙げらるように思う。

さて、短い台湾滞在中に、妻と僕は空いた一日でテレサ・テンのお墓にお参りすることにしていた。それをまるで察していたかのように、顔見知りになったホテルのコンシエルジュが何か用はないかと僕等に声を掛けて来た。
宿泊客相手に商売をしようと言う訳だ。そこで僕らの希望を彼に話し、翌日セダン一台と日本語の解る運転手を用意して貰った。帰りにちゃんとお茶屋さんに連れて行かれたのはご愛敬だったが、これは余談。

この悲劇の歌姫は日本でも報道されているように、台北郊外の閑静な山の中に位置する広大な墓苑の山頂に葬られていた。二人で何度も手を合わせ、記念撮影に写真を一枚、運転手さんに撮って貰い、さて車を廻して貰う段になってトイレを済まして行くことにした。高速に乗っても、往復2時間強の距離に墓苑は建設されていたから、用心に越したことはない。郊外へ延びる高速道路は素晴らしいもので全く渋滞もしていなかったが、帰りも結構時間が掛かると予想出来たからだ。

すると墓苑の頂上から緩やかな坂道を降りる途中に、綺麗なトイレが見えた。辺りに人もなく、この日は大型観光バスも1台位しか見かけない、穏やかな昼下がり。あたりはうす曇で小雨が降っていた。親切な中年の運転手さんが傘を貸してくれたが、それを差すほどのこともなかった。 妻がトイレに入り、しばらくすると目の前に白髪を短髪に刈り込んだ熟年台湾人男性と妻が仲良く話をしながら僕の前に現れた。中国語は妻も僕も挨拶程度しか出来ない。この老年に差し掛かった男性は、きれいに工事しようとしているトイレと売店を管理している人らしく、親切に中に通じる通路の電灯を付けて、使えるほうの婦人トイレに案内してくれたのだと言う。それは紛れもなく完璧な日本語だった。「何年か振りで日本語を話したよ。今はやっと民主主義の世の中になった。 前は人前で話せなかったね。」と嬉しそうに日本語で僕等に語りかけてくれた。背後の歴史を思うと言葉に詰まる。しかし心温まる親切は身にしみた。

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2009年4月21日 (火)

 中国、アジア共通通貨を本格検討。

以下は朝日新聞電子版からの抜粋引用だ。

タイトルは「中国、アジア共通通貨を本格検討 ドル基軸通貨に距離。」

「4月1日【北京=峯村健司、琴寄辰男】中国政府が、アジア域内の共通通貨体制の実現に向け本格的な検討を進めていることが明らかになった。世界一の外貨準備を持つ中国がドル基軸通貨体制から距離を置き始めたことを示す動きで、金融サミット(G20)での議論にも影響を与えそうだ。」

中国は徹底して政治を基礎に行動する。覇権主義が全ての行動の基礎と言うのは僕が敬愛す本多勝一の幾多の中国に関する著作からの抽出引用。その行動原理通り中国は世界経済でも主導権を握るべく動き始めた。力がない癖に目立ちたいフランスは中国の尻馬に乗る。(サルコジの中途退席発言。)

この記事は4月01日付けだがApril fool記事ではない。1997年のアジア通貨危機の後日本はAMF構想を発表したものの北米の反対に合い、構想はあえなく引っ込められると言う当時の日本政府の臆病ぶりを示している。

マクナマラは68年から81年まで世界銀行の総裁だった。世界銀行はアメリカが命じた奉加帳を日本やドイツに廻し、私達僕等の税金が米国に巻き上げられアメリカ合州国の権威の元途上国に払い出される。歴代の総裁は米国人。金主の私達は途上国には見えない。全く感謝もされない。                      

世銀の背後にはIMFが存在する。国際通貨基金と命名されているが、実はアメリカ合州国のみが拒否権を持つ。開発途上国の殺生与奪権もアメリカ選出理事長が握る。(カジノ資本主義。岩波書店 S.STRANGE著からの引用) 

マクナマラに話を戻すと彼は晩年の2005年になってベトナム戦争は間違っていたとDVDで明言。それは話題になったが、彼が国防第大臣だった期間は1960年から1968年まで。1975年にベトナム戦争が終結するまでに150万人ものベトナム人兵士が殺され、徴兵されたアメリカ兵もまた58.000人が戦場で命を失っている。マクナマラが天国へ行きたいが為にした??告白としてはあまりにも遅すぎる。カーチス・ルメイ少将のもとで立案実行した東京への戦略爆撃、それに続くベトナム戦争での数々の所業は神の審判に委ねるしかない。

 

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 森田健作新知事を「百条委員会」に掛けよう。

このブログでも度々報告して来たが「森田健作の公職選挙法及び違法献金疑惑」に対して、千葉県民の間からとうとう「森田知事の政治責任を追及する会」が16日発足した。呼びかけ人代表は三輪千葉大学名誉教授。4月20日県庁で会見し、「疑惑を晴らせないのであれば、県政トップとしての知事の信用は失墜し、県政に重大な停滞が発生する。」との懸念を証明したと報道されている。

これは4月21日付毎日新聞朝刊記事だが、朝日新聞は何故か「森田健作疑惑」の追求には熱心でなく、相変わらず小沢一郎の追い落としに余念がない。(21日朝刊社説)

同会は千葉労連や日本共産党など13団体が参加。となっているから政党色は強いものの、説明責任の追求や辞任要求の署名活動などが県議会内外で行われるとなると、森田県政発足直後だけに受けるダメージは少なくないだろう。

極めつけは通称「百条委員会」の設置要求だが、地方自治法に基づく「調査特別委員会」の設置が議会各派によって認められれば「百条委員会」への出席は義務付けられ、証言拒否には罰則がある。従って森田健作の証言次第では県知事の進退問題、リコールに直結する。

千葉県民よ。森田健作の偽装当選、逃げ切りを許してはいけない。せめて、「百条委員会」の設置に向けて県会議員に圧力を掛けよう。賛成議員数は少なくともこれからの長い追及のきっかけにはなる。

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 沖縄県教育委員会・金武正八郎教育長の生活。

4月14日付「きっこの日記」の速報「世田谷通信」によれば、

沖縄県立博物館・美術館で開催中の展覧会「アトミックサンシャインの中へin沖縄-日本国平和憲法第九条下における戦後美術」(主催・文化の杜共同企業体)で、昭和天皇の写真を用いた大浦信行氏の作品の展示を見送らなければ展覧会そのものを開催させない。と言う驚くべき圧力が県教育委員会などから主催者側に掛っていたことが明らかになった。

憲法で保障された表現の自由を平気で踏みにじる行為にでた沖縄県教育委員会の金武正八郎教育長について検索して見た。この教育長、地元の進学校を経て県内の国立琉球大学卒業後すぐに教師に採用されている。社会学者・宮台真司が良く言うローカル・エリートの典型だ。この手の人物に取って校長から県教育委員に出世し教育長に上り詰めるのは地方教育界での出世双六では理想的な”上がり”と言うことになる。彼もそろそろ60歳、沖縄県の役人として頂点を極めた者が徹底的に事なかれ主義に走ると姿が想像出来て悲しい。

また、2月中旬から同館で開催されている「石川文洋写真展 戦争と人間」でも、米兵が写っている連続写真の一部「飛び散った体」が石川文洋に無断で同写真展から外されていた事実が明らかになった。天皇をタブー化し、40年前のベトナム戦争当時の米兵の戦場写真にまで気を使う館長や教育長はいったい何を恐れているのだろう。沖縄の生んだ本物の戦場カメラマン・石川文洋の勇気から力を貰ったらと言いたい。

この戦場写真は爆殺された開放戦線兵士の頭に胴体の一部が付いたままの遺体を、カービン銃を小脇に抱え、くわえタバコのまま持ち上げているヘルメット姿の米兵を撮った有名な連続写真の1枚だと思われる。天皇の名の下に戦われ、沖縄出身兵士を含め9万5千人もの県民死者を出した沖縄。復帰後も米軍の側はほとんど占領意識を持続したまま米軍基地を維持し、その結果米兵による犯罪被害を受け続ける沖縄。そして、本土からの兵士を含め25万人もの戦死者を出した沖縄が本当に本土に復帰出来る日とは、沖縄から米軍基地がなくなる日だろう。

沖縄出身者であれ、体制側で飯を食い続けて晩年を向かえれば,本土出身の役人や政治家と同じ考え方となり、同じ沖縄県民を抑圧する側に回るという無残な姿を見せられるのは何ともやりきれな い。  このような晩年は送りたくないものだ。

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2009年4月20日 (月)

 最高裁が痴漢冤罪に逆転無罪判決。

4月15日付朝日新聞朝刊抜粋「電車内で女子高校生に痴漢をしたとして強制わいせつ罪に問われた名倉正博・防衛医大教授(63)=休職中=の上告審判決で、最高裁第三小法廷(田原睦夫裁判長)は14日、懲役1年10カ月の実刑とした一、二審判決を破棄し、無罪を言い渡した。一、二審の判断は「必要な慎重さを欠いていた」と指摘し、結論を覆した。最高裁が事実誤認を理由に自ら無罪を言い渡すのは異例。5人の裁判官が審理し、3対2の小差だった」。

ここ1,2年のことだが、通勤電車に乗っていて変化を感じることが二つある。そのひとつは余程込んでいない限り女性の隣に腰掛けないようにしている男性が多いこと。もうひとつは混雑している電車内では男女入り混じることになるが、その際、両隣に女子高校生や若い女性が乗っていると両手を挙げている男性がいること。特に出入り口付近では片手にカバンを持ち、開いた手をことさらにつり革につかまらせている男性がいる。両手が開いていれば、ドア上部の壁に付けて難をさけるようにすることもある。あらぬ疑いを掛けられて捕まってしまえば、冤罪だろうが、そうでなかろうが、罪を認めない限り長期拘留されてしまう。それでは失うものがあまりにも大きい。今回の逆転判決でほっとした通勤中の同輩も多いと思う。本来は立ち去るべきだろうが、その場で腕でも捉まれれば万事窮すだ。

もちろん、日常的に被害を受けている女性も多くいるだろう。僕の周りの知り合いから聞いた話。ある美女が自分で痴漢を捕まえて示談に持込、弁護士立会いの下30万円を合法的に示談金として受け取ったそうだ。これは実話である。

世の男性方よ、お互いにふらちなふるまいに及ばないように気を付けることだ。酒はほどほどに。世間的に失う代償は大変大きい。ただ、常習的に痴漢を働く卑劣漢が居ないわけではない。世間的に名の知れた企業に勤める中年男が嘘か本当かは知らないが、お酒の席でだが、自分は痴漢を日常的にやっていると自慢しているのを聞いて唖然とした経験がある。ある取引先の幹部だったが、これが本当なら、こんな男は当然いつか厳罰を受けることになる。こんな卑劣漢に遭遇したら絶対に捕まえてやろう。

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 麻生謀略内閣が仕掛ける。

麻生よりは一枚も二枚も上手、与謝野経済・財務・金融担当大臣が「安心社会実現会議」と銘打って座長に成田豊電通顧問を据え、自らの東大野球部人脈を使い官僚OBから読売の渡辺恒雄会長・フジテレビの日枝会長、宮本太郎北大大学院教授、連合の高木会長まで糾合していた。要は武藤敏郎大和総研理事長(元財務事務次官)だと言う。

僕が驚くのは恥知らず三羽ガラスのひとり、大増税論者、官舎愛人スキャンダルの「本間正明」の名前がここで飛び出したことだ。麻生内閣は公安に漆間巌・言論操作に成田豊・増税に武藤敏郎を使い、鉄のトライアングルで私達に政権選択の余地を残さないように迫るつもりだろう。ところで、1月には鴻池官房副長官も議員宿舎に愛人を泊めていた。ふたりにはホテル代をけちるなと言いたい。

連合の高木や北大大学院教授の宮本太郎は与謝野の増税アリバイ造りに利用されるだけだ。野党系の論者は出席した段階で敗北している。皆さんひとが良い。ただ、麻生太郎は与謝野の振り付け通りに踊るだろうか?

総選挙前に消費税3%上げをぶちあげ、衆院選の争点にしようとするのではないか。そこが民主党にとっては攻めどころだろう。民主党なりの財源案をきちんと出し、不足する分は福祉目的税を何時、何%という道筋を出して衆院選を戦うほうが国民の信頼を得やすいと思う。もちろん、党首は変えないと勝てないだろうが。

それにしても、安倍晋三に中川昭一。テレビ・マスコミへの復権が早すぎないか。無責任にも程がある。厚顔無恥の見本のような男たちだ。この連中の復活を許してはならない。

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4月20日 雑兵達による戦場の奴隷狩り。

「雑兵たちの戦場」を再読した。1995年に新刊で買い、単行本で読んだ時に受けた衝撃が忘れなれない。それはテレビ画面の中のつくりものの世界とはあまりにも違った世界だった。笑われるかも知れないが、劇画「あずみ」の描く世界が実態に近かったのではないかと想像した。中世の戦場。そこで行われたことは、現代のコソボでファルージャでそしてガザで、正規軍により行われている野蛮な行為と何ら変らない。共通するのは武装していない一般住民が被る被害・犠牲の大きさだ。

どうも中世・戦場の実相はNHK大河ドラマ「天と地と」のような訳には行かなかったようで、実際の戦場はずっと残酷で血腥いものだったと思われる。武士が恩賞にあずかる為には是が非でも証拠が必要だ。彼は首級を刈り、後に戦目付け届けなくはならない。その数が多すぎると、布に包んで腰紐に結び付けて居ては機敏に動けなくなる。

戦場で身軽に働けない武士は敵に簡単に討たれてしまう恐れがある。「仕方がないので乱戦の中で鼻を削ぐのがやっとだった。」と書かれた故郷の妻に宛てた手紙が残っているほどだ。著者はゴヤの描く「戦争の惨禍」そのものの世界だと書く。

どんな戦場でも殺し合いをするのだから当たり前と言えばあたり前だが、裏ではもっと衝撃的で残酷な物語が語られる。馬乗りの武士には戦場で主人を補佐する徒歩立ちの侍がひとりかふたり、それに百姓身分の人夫が、荷駄を担うか主人の馬の口取りをする為に2,3人付き従う。この足軽・百姓身分の連中の行為がひどいのだ。
彼等は恩賞も俸給も貰える訳ではないから攻め入った土地で奴隷狩りをして自分の食いぶちを稼いだ。

詰まるところ中世の戦場に於ける戦闘単位は最小3名から最大6名。馬乗りの武士は同じ階級の武士を討たないことには恩賞にあずかれない。中世・戦闘の記録とは即ち恩賞記録の別名だ。主人は戦闘に勝ってしまえば家来が戦場で何をしようと干渉しない。足軽・下人は戦場で女・子供を狩り、二束三文で売り払ったしまうと言う。戦闘記録に載ることはない。

良く中世武士の戦闘絵巻を美術館や歴史教科書で私達僕等も目にすることがある。あれは馬乗り武士が如何に自らが戦場で手柄を立てたか、仕えている大名や将軍に誇示し恩賞請求の証拠として提出したものだと言う。武士階級に取って自分の下人・足軽の乱暴・狼藉は関心の外だったから今日まで記録には残らなかったと著者は推測している。”乱取り”と呼ばれる戦闘地区に住む農民・女・子供の略奪は足軽以下の主な稼ぎとして主人も認めざるを得なかった。

戦闘報告として有名な絵巻に1281年の元寇の役後、肥後の武士・竹崎季長が描かせた「蒙古襲来絵詞」がある。これは鎌倉幕府・北条執権政権に一族郎党の手柄を報告する事情が有ったからだという。恩賞なくしては生きて行けない。皆生きる為に必死だったのだ。下人・足軽はより残酷な方法で生活の糧を得ていたらしい。売り払われた奴隷は何処へ行ったか?皆ポルトガル船に乗せられて海外に売られて行ったと言う。私達にもあった中世暗黒の歴史。ただ、ポルトガルの宣教師も自国に都合の悪いことは何も書き残していない。キリスト教徒の後ろ暗い負の記録は中世・中南米で繰り広げられた負の記録と共通している。

参考書籍:

「雑兵たちの戦場」藤木久志著 朝日新聞社 1995    

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2009年4月19日 (日)

 柏崎刈羽原発事故は繰り返される。

4月12日(日)付「きっこの日記」ニュース速報版(世田谷通信)で「柏崎刈羽原発で9度目の火災」を報じていた。

下段はその抜粋記事の一部だ。

「東京電力の柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市)で、4月11日、午前10時30分ころ、昨年11月、12月、今年3月に続いて、通算9度目の火災が起こった。」その後、新聞で後追い報道があったが、いくら官僚あがりで体制べったりの泉田新潟県知事でも、さすがに、度重なる事故の続発にたまりかねて再開許可を延期した。

「東京に原発を!」と言う刺激的な題名の作品がある。同じ著者による「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」と言う作品も題名からして刺激的だ。共通するテーマは放射能汚染の恐怖。著者は2冊とも広瀬隆。関連する著作は2冊しか読んでいないが、WEB検索を掛けて見ると原発をテーマにした数多くの作品を「週間金曜日」から出し続けている。

「東京に原発を」はそんなに原発が安全なら新宿で都内1号機を操業してみたらよい。と言うものだし、ジョン・ウエインが肺がんで亡くなったのはネバダの核実験場から吹き付ける砂嵐の中に大量に含まれる残留放射能が原因ではないか。と言うものだ。この著作によれば、ジョン・フォード監督による一連の傑作西部劇映画の、その撮影中に被爆し、後日肺がんで亡くなったハリウッド・スターはゲェーリー・クーパー、ステイーブ・マックウィーン、そしてユル・ブリンナーにまで及びと言う。

ネバダ核実験施設は元々ウエスタン・ショショーニと言う名前のアメリカ先住民固有の領土だと言う。その土地を強引に収奪した合衆国政府は1951年から1993年まででも地上・地下合わせて928回もの核実験を行っている。この核実験場の風下にはモルモン教徒の聖地・ユタ州が広がっている。WASPに象徴される新教徒の移住に始まったアメリカ合衆国の建国。そのように極めて宗教的な色彩の濃い国にあって、モルモン教は新教・旧教の双方から見ても異端だ。そのモルモン教徒聖地、ユタの聖地風上に広大な核実験場を造ると言うのに、ある種の悪意を感じるのは僕だけだろうか。

さて、話を柏崎刈羽原発に戻そう。原発が排出する放射性廃棄物の中で代表的な危険物質はプラトニウム239だ。こんな危険な物質の半減期は24,000年だと言う。私達人類に取っては永久に危険は消え去らないと言うことだ。「東京に原発を!」を読んだ際にプラトニウム239の寿命は50,000年だと記憶していた。半減の半減でも12,000年だ。原発を持ち、それらが稼動を続ける限り、私達に取って死神が背中に張り付いて永遠に剥がれない事態となっている。そして、その核のゴミを何処へも捨て去ることも出来ない。鉛とコンクリートで封印した容器を地下深く埋める位しか今のところ手はない。そんな厄介ものを扱っているのに関わらず、柏崎原発のこのずさんな管理はなんなのだろう。
内部統制は想像を絶するほどの緩さなのだろうか。原発現場で働く作業員・技術者のアナーキーさは異様ですらある。安全管理上の業務命令が実行されないのはどんな組織なのだろうか。このままでは重大事故がまた必ず起きる。 東電は本社エリートと現地雇員との断絶を埋めることが出来ない。それが出来ない限り事故は繰り返される。

参考書籍:

「東京に原発を!」広瀬隆著 集英社文庫 1986

「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」広瀬隆 文春文庫 1986=

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 投票したひとには減税クーポンを。

ギリシャは投票が義務付けられている。1945年に始まる冷戦の時代。ギリシャとトルコを防共の橋頭保をしようとしたアメリカ合州国は、その国が反共でありさえすれば、どんなに自国民に牙をむく政権だろうと徹底的に保護した。その中でヨーロッパの中でも辺境に位置したギリシャは、仲の悪いトルコと並んでNATOの最前線基地にされていた。

その関係でCIAが後ろ盾になっていたギリシャ軍にアメリカはドルをつぎ込み、それがギリシャ国民の不幸を生んだ。1967年に引き起こされた軍事クーデタで議会は閉鎖され、欧州自身にとっても長く汚点となった軍事政権はそれから7年も続くことになる。現在、ギリシャは国政選挙での投票が義務付けられている。それも出生地へ戻り投票することが法律で定められている。選挙の大切さを身にしみて知っているからだろう。

従って、総選挙があるとギリシャ全土が里帰りで大変な混雑を来す。そんな国内事情から総選挙時のギリシャは全土観光に適さなくなる。それほど国政選挙の投票を大切にするのは1967年軍事クーデタで民主主義が破壊され、野党の弾圧、拷問が横行したことが大きな理由だ。映画監督のコスタ・ガブラスや作曲家のミキ・テアドロキスなどがこの時、迫害を逃れてフランスへ亡命したのは世界的に良く知られている。その時の痛切な記憶が選挙投票を大事にする行為につながっているのだろう。確か棄権には罰則があるはずだ。余談だが、ガブラス監督のお嬢さんはフランスでやはり監督になっている。

繰り返すが、ギリシャ国民に取ってはクーデターは二重の屈辱だった。 なんと言っても欧州内でのクーデタは欧州自身の恥となった。それも現代史の中での事件だからなおさらだ。密告が奨励され、それには報酬が支払われた。少なからぬ国民が密告に加担したとされている。当時の欧州市民達は現代ヨーロッパでこんなことが起きることに深い屈辱感を味わった。

そして冒頭で書いたように民主主義の卸元、アメリカはCIAを使いギリシャの民主主義を踏みにじって行った。そのような経験をすれば、国政での投票は義務と国民は感じるだろう。本来、国民の血と涙で勝ち取った投票の権利は大切にしなければないものなのだ。僕等にはそこまで痛切な思いは投票に抱いていないが、投票を少なくとも特典付きで義務化することを日本も目指しても良いだろう。例えば次の免許や旅券の更新が無料になるような特典を政府が出すと言う方向でも良いのではないのか?罰則ももちろん必要になるかも知れない。

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