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2009年5月24日 - 2009年5月30日

2009年5月30日 (土)

いまでも弁証法的発展があっても良いではないか。

人気ブログランキングへ「世に倦む日々」ブログを購読して3ヶ月程になる。新自由主義、まあ、これはジャングル資本主義だから今になれば反対するのが大勢だろうが、2004年当時は新自由主義に賛意を唱えるのが、何か新しく見えたものだ。その2004年当時から小泉自民党を止めようとささやかな抵抗運動を繰りひろげていのがこのブログだ。

僕の周りでも小泉に賛成する大都市住民は多かった。そして、この詐欺師にころりと騙され、現在の惨状に皆放り出されている。僕は自民党を信用したことはないので、どうせひどい目合うだろうと思っていたが、それだけ官僚支配にうんざりしていた国民が多かったと言うことだから、支持した人達が悪かった訳ではない。たらい回し麻生謀略政権はあっと言う間に高給役人の言いなりなり、古証文は反故にしてしまったが、小泉も麻生も同じ屋根の下に棲む不良息子の二代目、三代目、彼らはそんなことには何ら痛痒も感じていない。

我々は騙され易いのだ。謀略政治家と役人が出てくればいちころだ。今でも小泉を支持する人々が少なくないと言うのには驚かされる。ヒトラーも謀略と暴力で政権を取っている。他人事ではないのだ。
何しろ、麻生の頭ではヒトラーとスターリンが2大偉人だそうだ。この二人の共通点は自国民も入れてそれぞれ、2千万人づつ殺していることなのだが。

それにしても、「世に倦む日々」ブログ主は政権交代に悲観的過ぎると思う。いくら鳩山由紀夫と背後の小沢一郎が旧自民党出身で民主党の党是が新自由主義であっても、政権交代は必要だ。本多勝一がどこかで書いていたが、社会党政権が成立した途端、裁判所の判決に変化の出たフランスの例もある。
世の中は弁証法的に発展すると信じたい。駄目ならまた変えれば良い。ここは期待しようではないか。

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森田健作の偽装人生

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昨日、5月29日(金)の「きっこの日記」で再三取り上げられているが、ブログ読者の方々は次の記事を読んで頂きたい。

「皆さん、ご存知の通り、森田健作は、本名の「鈴木栄治」が代表をつとめるダミーの政党支部「自民党東京都衆議院選挙区第2支部」と、芸名の「森田健作」が代表をつとめる個人の資金管理団体「森田健作政経懇話会」の2つを同一の住所に登録してる。代表の電話番号も一緒だし、今回、千葉県に仮設してた事務所も引き上げてこの住所に移したから、千葉県知事でありながら、自民党の支部と個人の資金管理団体と政治家としての事務所が、東京の一室に同居してるっていう前代未聞の状況になってる。」

上記の事実だけでもとっくに迂回献金疑惑で捜査を受けて良いはずが、自民党代議士の特権で今までも捕まらずに来た。麻生の謀略・諜報官僚、漆間巌のお墨付きがあるのだから捕まるはずもない。この漆間巌の不気味さは安倍晋三の後ろ暗さと通じるものがある。麻生と安部に共通する、決して賢くはないが、頭の悪さを裏に回って陰謀でカバーする性癖を漆間巌は良く知っており、それを自らの力の源泉にしているのだろう。

さて、話を元に戻すと、後援会会員の誰かに再三、危ない橋を渡っていますよ。そのうちさされますよ。と指摘されると「鈴木栄治という自民党の人間が、企業からいただいた献金を自分の崇拝する森田健作という政治家へ寄付する。そして、その森田健作という政治家が、自分の大好きな森田健作という俳優へ渡し、その森田健作という俳優が、自分が師と仰いでいる鈴木栄治という1人の男へ渡す。こういうことだ」とのたまったと、同じ「きっこの日記」で
紹介されている。

ともかく、森田健作という男を千葉県知事にしておいてはいけない。彼は俳優以前の生身の人格と演じている自分の区別が付かないか、もしくは、気付かないふりをしているのだろう。そうとでも取らなければ彼の言動の説明が付かない。前者なら、きっこさんの言うように精神病理の問題だろうし、後者なら根っからの嘘つきと言うことになる。

ブログ主は森田健作と話たことはないが、ある国の大使館で行われたレセプションで見かけたことはある。ちょうど
浪人していて暇だったのだろうか。場違いな男がいるなと思ったものだ。まあ、本題と関係はないが。

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2009年5月29日 (金)

新型インフルエンザと舛添の政治宣伝

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新型インフルエンザは初期にはSwine Fluと呼ばれていた。イギリス語では「好色漢」「このスケベ」位の意味らしいので、出始めでは地元の大衆紙も面白半分で、この名称を正規に使っていた。地元のパブではさぞ、盛り上がったことだろうと想像する。それにしても日本と欧州とではあまりにこの感染症への反応が違っていた。おしなべて欧州は冷静で大人の対応をしたように思う。

欧州のメデイアの反応もまた、弱毒性と判明してからは集中豪雨のような報道をすることもなく、市民の関心も高くはなかった。彼らの関心はもっと政治的なものであり、政府による銀行救済に対する怒りにあるように見える。欧州先進国の金融危機による痛みは深刻で立ち直るには相当の時間が必要だと言われている。

日本国内では、弱毒性だから良かったものの、これが強毒性だったら大阪と神戸の感染爆発を起こした中・高校への偏見と非難は、今回のそれを軽く超えただろう。舛添の政治的宣伝は目に余った。もちろん水際作戦が全く無駄とは言えないが、NHKが検証番組で明らかにしていたように、感染者統計が時間を置かずに厚労省に集まっていれば、近畿地方での感染拡大は防げただろう。

舛添にすれば、年金50万件記載漏れ申し立て解決への時間稼ぎと、自らの政治的野心に忠実な行為だったのだろう。
自民党政府の思惑に乗せられてはならない。我々市民としても成熟度が試されているのだろう。パニックになることはない。この点は英国とスペイン市民の冷静さに学んでも良いのではないだろうか。

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2009年5月28日 (木)

東電・柏崎・刈羽原発で繰り返される自然破壊

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今年3月に書かれたある記事をまとめ直して見た。それは唐突なようだが、「きっこの日記」26日付けに紹介されている次のような記事。「東電・柏崎刈羽原発の近くに住む漁民は、原発沖合で獲れる魚が巨大化しているか、奇形が甚だしいので漁場を変えている。彼らは巨額の補償金を貰っているので、その事実を語ることはない。」と言う事実に触発されたからだ。50年後でも自然を破壊尽くす愚かさは繰り返され、規模はどんどん大きくなる。

「野田知祐(のだともすけ」)の名前は大好きな作家・冒険家である椎名誠が書いたものに良く出てくるので,名前だけは知っていた。彼らは僕の世代より10歳年上だが、田舎の川遊びの経験は同時代と言って良いだろう。彼が提唱している「川ガキ」とは正に半世紀前に僕等が田舎の自然の恩恵を受けた体験にそのまま重なる。そこで、野田の著作をブログの最後に紹介しておくのでぜひ読んで見て欲しい。おもしろいことは請け合いだ。

さて、僕等は学校から帰るやいなや、ランドルを玄関先に投げ出し、男の子ばかりが連れ立って近くの川へと急いだ。まだ、ハヤやオイカワ・若鮎は6月に入らないと釣れない。その時期まではヤスと粗末な水鏡を持ちもっぱらカジカの類を突いて遊び、フナを釣った。

夏休みになれば本格的に鮎が豊富に獲れた。僕等の地方は友釣りが文化として根付いておらず、清流を遡る鮎を逆さ針で引っ掛ける釣りか、「夜突き」と言ってカーバイト・ランプで川面を照らしながら、浅瀬で眠る鮎や川キス・ハヤそして時にはギギなどもヤスで突いて取った。これは大人と一緒でないと許されない遊びだった。晩夏には落ち鮎を粗末な手作りヤナで獲りもした。

しかし幸せな川遊び野遊びの時間は長く続かなかった。今から思えばなんと危険で無謀なことと思えるが、その頃農薬を大量に使い米の収穫量を上げることは絶対的な善であり、護岸をコンクリートで固めることは大人にとっても進歩に思えた。

猛毒パラチオンや危険なダイオキシンを含んだ除草剤は無造作に田畑に撒かれ、僕等の野山や川から忽ちトンボや蛍は消えていった。子供は無知だからなにも知らなかったが農家のおじさんも県の役人も同じ位無知だったのだろう。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」そのままの光景が僕等の田舎にも訪れた。取り返しのつかないことをしてしまった。

しかし野田知佑の著書の中に度々立ち現れる川カヌー遊びを妨害する田舎役人の横暴にはあきれてしまう。簡単に許可を出さないが理由などないのだ。「遊び」が文化として根付いていない田舎でこそ起きる普遍的な理不尽さと言えるだろう。役人は権威を振りかざしたいだけなのだ。田舎の人たちはお上に従順過ぎる。そして野田知佑はそんな従順なおかみ意識文化も変えて行く。それは小さな民主主義の実践とも言える。

参考著作:

「カヌー犬・ガク」野田知佑 小学館文庫 1997

「日本の川を旅する」野田知佑 新潮社文庫 1885

「沈黙の春」レイチェル・カーソン 新潮文庫 1974

「岳物語」椎名誠 集英社文庫 1989

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2009年5月26日 (火)

NHKスペシャル 「JAPANデビュー」 第2回「天皇と憲法」

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5月3日のNHKスペシャル「JAPANデビュー」の第2回「天皇と憲法」につて「世に倦む日々」ブログは一歩踏み込み、昭和天皇と統帥権について次のように書いている。「番組では、昭和天皇は天皇機関説を支持する開明的な君主に描かれていたが、この点は視聴者を誤解に導く過失と言えよう。権力者として伊藤博文と山形有朋の相違は、そのまま君主としての明治天皇と昭和天皇の人買うの対比に投影される。明治天皇は伊藤博文がお気に入りで、山形有朋を嫌っていた。明治天皇の方が謙虚で、小国日本を列強に追いつく国にするべく腐心している。乃木希典に教育を受けた昭和天皇は、最初から大国の神聖な絶対君主の自意識があり、言わば「二世議員」で、陸海軍こそが鍵であり礎だと信じて政府の存在を相対化する態度と傾向を持っていた。口では「美濃部ほどの男を」と言いながら、自分自身は国体思想の持主で、統帥権の頂点に立ち、軍部に自由に政治に介入させつつ、天皇には責任はないフリをしていたのである。」

司馬遼太郎は「翔ぶが如く」で明治天皇と西郷隆盛との温かい交流を描いている。明治天皇も西郷が大好きだったと言う。西郷が征韓論で敗れて下野するまでの短い歴史的ひとこまだったのだろう。

また、明治天皇が嫌っていた山形有朋は、統帥権と言う鬼胎を明治憲法に仕込んで逝く。帝国陸軍を私物化して置きたい野心が為せる技だったのだろうと司馬遼太郎は書く。

次に昭和天皇を教育した乃木希典の戦下手と運のなさが二百三高地の夥しい戦死者を生み出したとも司馬遼太郎は書いている。日露戦役後、乃木は居並ぶ将官の前で、戦時に身に付けていた弊衣で明治天皇の御前で挨拶をするという「あざとさ」も持ち合わせていたとも同じ小説の中で書いている。

本来、山形も乃木も平凡な男達だったが、長州閥が彼らを出世させて行く。平凡で才能のない男達に権力を握らせる恐ろしさ。それが直線的に昭和史の悲劇に繋がって行く。司馬遼太郎に学んだ重要な歴史的事実がここにある。

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2009年5月24日 (日)

森田健作の新たな疑惑。

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「世田谷通信」は5月23日(土)に森田健作の新たな疑惑を報じている。呆れたことにそれは講演料の脱税と政治資金規正法違反だ。以下はその抜粋だ。

「森田氏が脱税の疑惑を指摘されるだけでなく、森田氏に講演を依頼した学校や団体側も法律に違反していることになるため、今後、当局から追及されると思われる。剣道2段」と偽り、平成18年10月21日に「相生若竹会剣道部」(兵庫県相生市)の創立50周年の記念式典でも講演しており、この時の出演料の50万円も非課税の「政治献金」として処理していたことが分かった。県民らからの告発を受けて森田氏の疑惑を捜査中の千葉地検特別刑事部では「こうした講演料の処理は政治資金規正法に抵触するだけではなく脱税にも当たる可能性が高い」としている。また法律家のA氏は「肩書きを詐称して講演を行ない講演料を受け取ったのであれば詐欺罪にあたる可能性もある」としている。

森田健作千葉県知事のお金に対する執着は異常だ。何故、そこまで個人の収入にしなければならないのか。膨大なお金が必要な裏の理由があるか。守銭奴にならざるを得ない幼少からの歴史でもあるのか。公職につくものが、脱税を続けるのは公職を汚す行為であるのは言うまでもない。それよりなにより、偽装、詐欺が身に付いている人間に県知事が務まるはずもない。強大な権限の公職を私欲に利用しないという保証はなにもない。千葉県民は彼を厳しく監視する必要がある。森田健作から眼を放してはならない。

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1930年代を思い起こせ。

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あの時もまた、政治が重要だった。

スーザン・ストレンジは「1931年5月半ば、オーストラリアの一地方銀行クレデイット・アンシュタルトが破綻した。」と著書に書いている。それを読んで、僕は自分のブログで、2008年から続いている金融恐慌と1930年代の大恐慌の類似点を指摘し続けている。そう、それは1998年に英国で出版され、翌1999年に岩波書店から翻訳出版されたスーザン・ストレンジの名著「マッド・マネー」に書かれていたことなのだ。

惜しいことに1997年に英国出身のこの経済学者・スーザン・ストレンジは鬼籍に入られている。彼女が現在生きておられたら、2010年、今ここにある惨状をどのように論評しただろう。また、彼女から経済危機解決に向けたすばらしい提言が為されたのではないだろうか。もちろん歴史にイフはないので、ここでそれを書いても仕方がない。

スーザン・ストレンジは1986年に書いた「カジノ資本主義」以来、彼女の最晩年、1997出版の「マッド・マネー」まで、いずれ新たな世界的破局を迎える10年後を警告し、処方を示して逝かれたのは偉大な業績だと言えよう。

さて、問題のオーストリアは、IMFは東欧に融資を集中させてきた西欧の中でも、これは朝日新聞にも同様に記事が出ていたが、自国のGDPの7割に匹敵する額が東欧諸国向けの融資という無茶をやっている。と指摘している。
ベルギーは30%、オランダ15%、イタリアは10%に上るという。オーストリアの主要銀行は不良債権の50%以上が東欧向けだったという。そして同国全銀行の持つ金融資産は同国GDPの3.5倍に上るそうだ。

返済が焦げ付いたら、オーストリアは銀行を国有化して債務を保障すると言っても追いつかないだろう。オーストリアはIMFの管理化に置かれることになる。EUに取っても屈辱だ。サブプライムと住宅バブルがはじけて危険水準にあるのは英国、スペインも同様だ。1931年の危機同様、オーストリアは見捨てられる可能性もある。

1931年の大恐慌に学ぶとすれば、中央銀行は財政規律に向かう本来的な傾向を乗り越え、インフレ政策を取らなければならない。1931年にはデフレ論者は間違っていた。英国の2010年の財政赤字がG7中最悪になるにしても、イングランド銀行の反対を押し切ってでも、英国政府は再度の大幅な財政出動を行わなければならない。それと同様にEUも再度の大幅なインフレ政策を取らなければ欧州の景気回復は覚束ないだろう。2010年もまたデフレ論者は間違って
いる。今回もまた、政治が重要なのだ。1930年代の悪夢を繰り返してはならない。

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