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2009年5月31日 - 2009年6月6日

2009年6月 6日 (土)

お薦めミステリー 「ミレニアム2」

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ミレニアム2・火と戯れる女」を読み終えた。これは「ミレニアム1」ドラゴン・タトゥーの女の続編だが、物語の展開と前篇との繋がりはない。日本にあまりなじみのないスウェーデンのミステリー。作者もスウェーデン人男性作家のステーグ・ラーソン、本国を始め、欧州でも各国語に翻訳され大ベストセラーとなっているそうだ。

「ミレニアム1」があまりにも面白かったので、「ミレニアム2」も出るとすぐに読み終えた。こちらも劇画に近いアクション・シーンたっぷりのミステリーとなっている。前篇の「ミレニアム1」の主人公は「ミレニアム」の発行責任者で共同経営者のミカエル・ブルムクヴィストだったが、続編の主役は、前篇でも主人公に次ぐ重要な狂言回しを務めた謎多きパンク少女・リスベット・サランデルが務める。

前篇の主人公・ミカエルも、もちろん今回の事件に陰に日向に絡むが、ヒロインはあくまで謎の女・リスベット・サランデルが務める。あまりの面白さに上下2巻を2日で読み終えた。別に「ミレニアム1」を読んでいなくても、「ミレニアム2」は独立したミステリー小説として楽しめる。是非一読をお薦めしたい。

尚、どうしてか理由はは分からないが翻訳物はいくら人気があっても比較的順番待ちの日数が短いので、近所の図書館を利用するのもひとつの方法だ。僕の家族のひとりは、まず図書館で借りて読み、おもしろかったら買うことにしている。そうすれば、気に入った本を書いてくれた人にも印税が入り、買った自分も幸せな気分になると言っていた。まあ、それも本人の確固とした生活規範のひとつなのだろうと思う。

参考書籍:

「ミレニアム2」火と戯れる女 上下。

ステーグ・ラーソン 著  ヘレンハルメ美穂 山田美明 訳   早川書房 2009

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2009年6月 3日 (水)

麻生謀略内閣 最後のあがき

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09年6月01日付朝日新聞朝刊の社会面に、「白山会による郵便割引制度不正疑惑で厚生労働省の係長が適用団体と認めた決済文書を偽造したとされる事件で、係長の上司だった元障害保険福祉部長が大阪地検特捜部の任意の聴取を受け、同会への対応について「国会議員から直接頼まれ、部下らに伝えた」と言う趣旨の証言をしたことがわかった。」と出ていた。

この国会議員とは民主党の牧義夫を指しているのではないかともっぱらの噂だ。白山会代表の倉沢邦夫容疑者は10年程前に数ヶ月間だけ石井一の私設秘書を勤め、その後も勝手に同代議士の秘書を名乗る為に名刺を持ち歩いていたと言う。ご存知ように牧義夫は石井一の側近だ。

この事件はかねてから「きっこの日記」でも指摘されていたように、麻生内閣による民主党追い落とし謀略第2弾ではないかと言われている。西松事件では小沢一郎に決定的なダメージを与えられなかった為、今度は白山会事件を利用しようとしている節がある。

6月2日の朝日社会面では二階俊博側へのパーティー券購入問題は東京地検特捜部が前日の1日に不起訴処分にしたと出ている。

この公正を欠いて捜査には開いた口が塞がらないが、4大マスコミと民放テレビのちょうちん報道には今後も注意したい。彼らは決して市民の味方には付かない。

官僚がやりたい放題に税金を使うには自民党のほうが都合が良い。朝日新聞を筆頭に社説で消費税を上げることを主張している新聞マスコミは官僚の御用を務め続ける。新聞・テレビ報道に騙されてはならない。

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2009年6月 2日 (火)

 第1章 第五話 続き、そして話は元に戻る。

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説 若気の至りは熟年まにそのまま話を続けさせるのはもちろん、この場の食後の雰囲気に相応しくないので、コーヒーを飲みながら当たりさわりのない話に自然と移って行った。

ただ、その退職官吏は初対面の日本人に反論されたのが面白くないらしく、馬鹿げたことに俺の口真似までしながら、「よく知られていることですが。」と子供じみたしぐさで復讐して来た。そんな回想はまだ、13年後のことなのだが。

さて、俺はその異国での最初の夜は団体と同じホテルで一泊させて貰ったが、狭い大通りに面した古いホテルの部屋の窓に防音が施してあるはずもなく、夜半過ぎでも外の車の音がうるさかったのを良く覚えている。

ただ、やけに白く漂白されたリネンのシーツに包まり、同じく真っ白な二重枕に頭を静めると、大げさ表現だが文明とはこんな形を取るのかと思ったものだ。そして狭いシングルベッドで眠につく際には、やはり異国を感じ孤独だった。

次の朝、事務所の場所を聞いてはいたが、たどり着くのに少々時間が掛かった。歩道脇の広告塔にはミッシェル・ポルナレフの上半身が裸、顔はサングラスで覆われ、下半身を大きなラテン風のつば広帽子で隠している宣伝ポスターがあちこちに張って有ったのを覚えている。

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2009年6月 1日 (月)

子供達の貧困にやっと光が当てられた。

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勝間和代はかなり以前からシングル・マザーの貧困に対して問題提起して来た。

彼女の主張はふたつだ。ひとつは働く女性の為に国が保育所を十分な数造ること。もうひとつは家族手当を欧州先進国並にすることだ。

このふたつともフランスでは25年前に実現している。結果、子供の数は増えており、少なくとも高校までは進学出来る。

普通高校から大学、大学校へ行ける子供が必ずしも多くないのは、日本でお金がなくて進学出来ないこととは事情が違う。

かの国では選別が中学から始り、準エリートが大学へ進み、本当のエリートはグラン・ゼコール(Grands Ecoles)進むと言う別の問題はある。

僕は4月2日に別のブログでこのことを書き、開設2か月で3,000ヒットを記録した。昨日のテレビ朝日のサンプロでも漸くこの問題が取り上げられ、フランス並みの恒久的な制度の必要性が議論されていた。

昔、「ではの守」と揶揄する者も多かったが、欧州の一歩進んだ制度を取り入れるのをためらう必要はない。

ここまで他の先進国に取り残されてしまうとは誰も想像出来なかった。もちろん、消費税は18.7%とはるかに高い。ただ、食料品や光熱・通信費に消費税は掛からない。

階級が固定している分だけ弱者にはやさしい制度が存在するところもあるのだ。ただ、政権を変えないと事態は変わらないだろう。

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2009年5月31日 (日)

第1章 第五話 日本人は知っていることばかりだ。

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小説 若気の至り...第五話 

かの国で一部の人々に見られる傾向ではあるが、鼻につくなあと感じたのは

次のような出来事があったからだ。

それはある高層住宅の1室に住む日本人家庭で開かれた、ささやかな夕食会で出会った定年退職した元官吏の男性と歳の離れた日本人女性の夫婦との会話での出来事。日本人夫婦が他に二組、5人の日本人の中で現地人は一人だけだったが彼は日本に数年暮していたそうだが、日本語は話せずただイギリス語は使えた。食事後の会話の中で、彼は雄弁にイギリス語で日仏の近、現代史を40分程滔々と語ってくれた。居合わせた殆どの日本人達はフランス語は得意だが、普段イギリス語を使っているわけではない。自然、僕と彼だけの会話となってしまった。彼の語りが終わると、彼はどうだとばかりにその場で見えでも切ろうと言う勢いだった。傍らで一緒に話を聞いていた妻曰く、「みんな中学が高校の教科書で習ったような話ばかりね。私達が何も知らないとでも思っているみたいね。」俺もその通りだと思っていた。退屈な教師から退屈な講義をえんえんと聴かされたかのような気分だった。「皆みくびられたもんだな。少し、ぎゃふんと言わせておこう。」と日本語で彼女にささやいた。この定年退職官吏は御他聞に漏れず、グランゼコール、この国独特な学歴社会の頂点に位置するエリート大学校出身者だ。彼等に共通する優越意識は鼻持ちならない。彼らは自分以外は無知で阿呆だという思い込みがある。進学した高校あたりから大衆は無知と見下して生きてきた人生だ。エリート高校生は社会的には準エリート構成員見なされると言う。ましてや、相手は若い日本人夫婦たちである。おまえ達はこの国のことも何も知るまいと思われていたのだろう。「貴国がインドシナやアルジェリアで何をして来たかは日本でも良く知られていますよ。植民地での蛮行は お国の中学や高校の教科書には載っていないようですね?」と俺は質問した。答えはおよそ、想像がつくように自分の国が犯した過去の行為を肯定するような話が続いた。植民地も悪い面ばかりではなかったと言う類の聞き飽きた弁解に終始したのだった。彼らの優越意識が垣間見られたひと時ではあった。

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丸山真男はそんなに偉いのか。

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丸山真男に関する著作が相次いで出版されている。岩波現代文庫から2001年に出された宮村治雄著「丸山真男・「日本の思想」精読」は今年2009年に8刷りとなった。また、これからみすず書房から「丸山真男話文集 全4巻」が出版されると言う。僕の尊敬する「世に倦む日々」ブログも思想の裏付けは丸山真男だと言う。

はっきり言って僕には「丸山真男」の書いていることは良く理解出来なかった。それ以前に戦前からの知識人に不信感を抱いていたこともあり、関心もなかった。彼は戦中に転向した訳でも、あの戦争に加担していた訳でもなかったが、決して積極的に抵抗していたわけでもない。そんなことは実際無理だったろう。

だだ、自分が20代から30代に掛けて良く読んでいた作家が丸山真男を尊敬していたこともあり、彼の「戦中と戦後の間」などを読んだが、僕には良さが分からなかった。理解力が足りないと言えばそれまでのことだが、政治学者と言う存在が、私達の何に寄与するのかが今でも分からない。

それ以前に僕の尊敬する行動する作家やジャーナリスト達、小田実や本多勝一、辺見庸などは何の言及もしていない。多分、戦後、数十年間政治的閉塞状況が続き、今も続いている。行動する作家や知識人、ジャーナリストは、その政治状況を変えるのに丸山真男は何の助けにもならないと思っていたのではないか。いや多分全く期待していなかったのだろう。彼らの黙殺がそれを何よりも雄弁に語ってはいないか。少なくとも行動するジャーナリスト達、作家達の指針にはなり得なかったのだろう。

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第1章 第四話 知らないことでも、知ったかぶりをするフランス人

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小説 若気の至りは...第四話

彼らはある事を少し知っていると、さも全て知っているように話す傾向が強いし、何も知らなくても知っているようなふりをする人も結構いた。これは4半世紀も後年のこと、日仏語通訳をやっていた知人の娘が経験した似たような喜劇話がある。「ある日本企業が客寄せに日本通を気取っている、珍しくゲイではない有名デザイナーを日本に呼んだ。彼はお定まりのようにモデルの恋人を伴って来日した。さて、今、欧米では日本通を気取るのがクールと言うことになっている。フランスでも日本は今やどんなものでもシックなのだ。さて、この日本でも名の知れた有名デザイナー、彼は「五輪の書」と「武士道」を一緒にし、宮本武蔵と新渡戸稲造もごっちゃになり、どちらの本も宮本武蔵が書いたとスピーチしたと言う。」

聴衆はデザイナー志望の、何も物を知らないことではフランス人といい勝負の若い日本人聴衆だったから、彼も恥を書かなくて済んだと言う。このデザイナーはもちろん彼女の前でいい格好をしたかった訳だ。ちなみに、きちんとしたジャーナリストは呼んでいなかったのも彼に幸いした。通訳した彼女が呆れていたことは言うまでもない。

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第1章 周作もどき  第1話~第3話

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第一話 最悪の出会い

972年6月、何も知らない糞若造の俺は異国のとある空港に着いた。所持金は5万円だけだ。俺は日本での勤め口に事欠いてビザもないまま、月給200ドルで現地の会社に雇われて、欧州の大都会にやって来た。口約束で欧州へ行くのになんでアメリカドルなのか、少し奇妙な気もしたが、そこは深く考えもしなかった。事前に出る前に決まっていた雇用条件はそれだけだった。K県の私立大学、それも2部経済を出ただけの俺は、その当時、就職活動も何もしなかった。並の学生のように就職活動をしても、碌な就職口もないだろうと想像だけは付いたからだ。昼は大学近くの米軍基地の中で俺は働いていた。本国の両親、妻や恋人からベトナムの戦場に送り出された兵士宛てに配達され、その後兵隊に届けられなかった手紙がこの基地内にある陸軍郵便局に一旦集められ、くる日もくる日も「宛先不明」「差出人に返送」スタンプを押し、元の送り主に戻す作業をして、俺は日々を過ごしていた。同僚は白人、黒人の兵士達だけ。そこは日本の中の典型的な外国だった。そのころ、俺達の外国は取りも直さず米国だった。今でもほとんど実情は変わらないが。ただ、俺はひねていたので、すんなりアメリカに被れてはおらす、愛読書は「マルコムX自伝」だった。後に「ルーツ」の著作で有名になるA・ ヘイリーがマルコムXから直接聞き書きをした古典的名著だ。マルコムはアーサー・ヘイリーとの面談を繰り返し、ようやく完成した自著を見ることなく暗殺されてしまった。当時はブラック・パンサー活動など黒人運動が先鋭化し、武装闘争などが叫ばれていた。俺の仲間達は黒人作家の書いたものを多く読んでいた。もっとも、殆どは日本語に訳されたものだったが。

それはさておき、着いた空港の旅券審査を過ぎたあたりで、日本を出る際に聞いていた特徴通りの、俺の雇い主の現地事務所長と思しき男を見つけた。背の高い、度の強そうな眼鏡を掛けて痩せた三十男だった。男は、この回想録が掛かれている現在、亡くなってすでに久しい小説家の遠藤周作によく似ていたが、彼より品性も育ちもだいぶ悪そうに見えた。もっとも実際の周作もだいぶ捻くれているのは後で知った。

実際のところ奴は若造の俺を無視し、近くに居た背広姿の男にいきなり「ナイトツアーは如何ですか?」と大声で話し掛けていた。それに性格も見るからに悪そうだ。俺にはこの男の言っている言葉の意味は分からなかったが、「ああ、こんなところでも客引きをしている男がいるのだな」とはなんとなく判断出来た。後々、分かることだが、この男は会社にではなく、自分のポケットに儲けを入れるために熱心に営業を繰り広げていたのだ。

さて、周作を悪相にした、俺の現地での雇い主らしきその男は「あんたは会うなり、ナイトツアー、ナイトツアーとしつこいんだよ。挨拶も現地情報の説明もないの!。第一、あんたのところのは高いよ!」と背広姿のサラリーマンに撥ね付けられていた。この周作もどきは尚もねばり、「いや、うちの席はかぶりつきですから!!」とまるで場末の小屋の呼び込みそのまま、ひるむことなく、この地の雰囲気と周りの服装に全くなじまない、七三分け、背広姿サラリーマンに尚も食い下がる。

「そんなことは良いから、荷物をポーターに集めさせてよ!とそのサラリーマンに拒絶されて、奴のあけすけな営業はあえなく失敗、儲けそこなった上司になるらしき男は恨めしそうな目つきで勤め人の側を離れると、その様子を眺めている俺を見つけ、ようやく俺に気付いたような振りをして見せた。「君が東京から来た小林君か、早く、そこのポーターに荷物を集めさせろ!!」と経験の全くない俺に無茶な命令を下す。俺は近くで団体客のスーツケースを大型の荷車に山と積んだ作業着姿のポーターらしき白人男を見つけ、周作もどきの方を指差し、何とか俺の意を通じさせた。

ポーターに同じ色と形の荷札の付いたスーツケースをターンテーブルから降ろしように指示し、荷物の数を地味な背広男から聞いた上でポーター頭に伝えた周作もどきは30人程の女性ばかりの団体客を空港の外のバスに案内した。どうも、この男、ガイドの真似事も始めるつもりらしい。ポーターに荷物を積み込ませ、現金を払い終えた偽周作は俺にも同じバスに乗るように身振りで示し、やおら、バスのマイクロフオンを握り、傍らの運転手に出発を告げ、バスが走り出すと同時になにやらマイクに向かって話始めた。

話の内容は旅行客に対する注意事項や通貨の換算率のようなことで聞いていてもつまらないことおびただしい。外の風景は郊外の高速道路を走っているだけだから単調この上ない。ただ、空港から市内へ向かう道路脇に、その頃はまだ、就航前だったコンコルドのレプリカが人目を引いた。もちろん、中身は空だ。エンジンも座席もなにもない。大きな田宮模型と同じと思えば良い。

第二話 先が思いやられる。

40分も走ると貸切バスは高速道路を降りて、左岸から市内に入って行った。俺はバスの窓越しに見える街角の風景にただ驚いていた。初めての体験なのだから無理もない。どこまでも続く石造りの建物はどれも巨大で威圧的に見えた。偽周作のつまらない説明を聞くともなく聞いていると街の真中と思しきところに位置する、古いヨーロッパ調ホテルにバスは横付けされた。凄まじい勢いで自家用車や商用車がその脇を通り抜け行く。

我が団体客の一番後ろから降りた俺は差し当たりやることも無く手持ち無沙汰に狭いフロント廻りに立たずんでいた。あらかた、団体客が部屋に上がると偽周作は俺にパスポート番号を教えろと言う、俺がパスポートを取り出すのに時間を掛けていると「パスポート番号位、暗記しておけ」と無茶な叱責が飛んで来た。俺は「この野郎」と内心思ったが、まずは「済みません」と素直に謝った。初めて取得した、発行されたばかりの旅券番号など覚えているはずがないではないか!その日から

周作モドキと俺の1年に渡る「戦い」は始まった。

第三話 フランス人は知ったかぶりをする。??

その日の夕刻、俺はようやく一人になり、この街全体が生きた博物館の回廊のような歩道を歩いた。夕刻の7時を過ぎても日が延び始めたこの街の回廊で俺は歩道に張り出した丸テーブル席に座り、生ビールを注文した。隣りに座っていた太った中年の男が俺に話し掛けて来た。「あんたは日本人とのことだが、大西洋側のピレネー山脈の両側、スペインとフランスの国境沿いに住むバスク人の言葉について知っているか?日本語と祖先を同じくするそうだが。」と言って来た。すんなり、その話が理解出来たわけではなかったが、知っている単語と想像力で大意は理解出来た。「そのような話は聞いているが、文法の複雑さが似ているらしい、どうも、語順も似ていると言われている。日本人とバスク人との人種的なつながりは何ら証明されていない。」としどろもどろで答えた。表現力も単語の量も絶対的に不足していたので、それ以上は会話も進まず、そこで尻切れトンボに終わった。これは俺の話の段取りが悪いからだろうと長い間思っていたが、後年、度々同じような経験するのだが、どうもこの国特有の知ったかぶりも関係あるのではないかと思い始めた。ある事を少し知っていると,さも全て知っているように話す傾向が強いし、何も知らなくとも知らないと彼らは絶対に言わない。

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