« 2009年2月8日 - 2009年2月14日 | トップページ | 2009年2月22日 - 2009年2月28日 »

2009年2月15日 - 2009年2月21日

2009年2月21日 (土)

 ガルシア・マルケス

人気ブログランキングへ

コロンビア出身のノーベル賞受賞作家による古典的名著「百年の孤独」。この国の皇太子殿下が愛飲されている焼酎としてその名は一躍有名になった。朝起きたら一晩で有名になっていた焼酎のほうが一般には良く知られている。

ここで取り上げるのは小説のほうだ。原著は1967年に出版されており、1972年に新潮社から鼓直の訳で単行本が出版されている。

この本は長い間文庫本では出版されなかった。翻訳で出ている単行本は当時でも高かった。愛読書の一冊なのだが、日本語訳で読んだことがないのに最近気が付いた。格好を付けて「Cien anos de soledad]の表題そのまま、原書で読んだと言いたいところだが、スペイン語では読めない。

そんなことを思い出したのは休日の朝、本棚を漁っていたらペンギン・モダン・クラシックスで出しているペーパーバック版「One Hundred Years of Solitude]を見付けたからだ。その本をパラパラとめくっていたらページの間から伝票が落ちてきた。それで、当時パリ、オペラ座通りに有った本屋さん、BRENTANO'Sで1978年に買っていることが分かった。

この本屋さんは英米書を専門に扱っていたので、その後も出張したり、会社員人生後半で何度目かの駐在をした時もよく通ったものだ。残念なことに4,5年前には、そこも無くなってしまったようだ。どこも読書人口は減っていりのだろうか。

僕は良くパリへ行くか、住むかしていたのだが、日本語で本が読めなければ、大抵英語で読んでいた。それは若い頃からの習慣というものだろう。その意味ではBRENTANO'Sには随分お世話になった。時間の経過と共に色々なものが消えて行く。

ガルシア・マルケスの「百年の孤独」についての思いを続けて書き留めたい。この小説の舞台となっている架空の町、Macondoが故国コロンビアから移し替えられたのかどうかは分からない。マルケス自身はコロンビアの出身だが、ボゴタ大学を出てジャーナリストになり、パリかバルセロナ、欧州のどこかで自国の新聞特派員をしていた時に故国の政変に遭遇した。
その結果、母国により政治的お尋ね者にされてしまった作家は、長い間故国の土を踏むことはなかった。異国で亡命生活を余儀なくされた作家にとって、小説の舞台設定は南米の小国でさえあれば、どこでも良かったのではないだろうか。

この小説の中にBanana Companyという北米の会社の話が出てくる。その会社と農園労働者は劣悪な衛生状態も原因の一つとなり会社と対立を深める。長いストライキの後、会社の代表が事態を収拾するため、町に交渉にやって来るという噂が流れる。

町では労働者たちだけでなく、その家族の女、子供たちが町の広場を埋め尽くし、交渉の開始を待つ。午後3時。国軍が広場を包囲する。午後3時過ぎ。北米資本のバナナ・カンパニーに支配された軍隊の4丁の機関銃が一斉に火を噴き、広場にいた人々はひとりを除き殆ど全員が殺されてしまう。

その夜遅く、先頭・最後尾そしと中程にも蒸気機関車を配置された二百輌の貨車が町はずれの駅に到着する。夜霧の中で犠牲者の遺体は積み込まれ、夜陰に乗じて運び出される。遺体は暗闇の海に捨てられ全ての証拠が消し去られる。という顛末に一章が割かれている。

僕はこの一章を読み、もちろん、強い衝撃を受けた。だが、これは小説だから架空の物語だろうと思っていた。それでなくともこの小説は奇想天外な、数々の物語で満ち溢れている。そして、それが魅力のひとつでもある。

しかし、それまで名前すら知らなかったUnited Fruitsという北米の国策会社が存在し、CIAと表裏一体となり、小説の舞台とは違うが、グアテマの文民政府を1954年に倒し、沢山の市民が殺されているという事実を知った。

それは「100年の孤独」を読み終えた後だったが、Banana CompanyはUnited Fruitsの移し替えなのだろうとようやく理解出来た。ここで、誤解を恐れずに言わせて貰えれば、「100年の孤独」は繰り返すが破天荒なエピソードで満ち溢れており、文句なく面白い。たまにはコミックから離れて本を読むのも良いのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月20日 (金)

「アルジェの戦い」と「Z」

人気ブログランキングへ

「アルジェの戦い」の監督はジロ・ポンテコルヴォと言う人だが、僕は40年間、この作品はコスタ・ガブラスによって撮られたものだと思いこんでいた。大したぼけぶりだ。ただ、下手な言い訳になるが、1968年に「アルジェの戦い」を観た後70年にコスタ・ガブラスの「Z」(1969年、仏、アルジェリア合作)を観ているので同じ監督だろうと思い違いをしていた。

映画「Z]の主演はイブ・モンタン、イレーネ・パパスそれに「男と女」のジャンルイ・トランティニィアン(Trintignant)と制作も手掛けたジャック・ぺランが準主役、脇役を張っていた。

同映画は67年から74年までギリシャを支配した軍事政権下で実際に起きた野党政治家の暗殺事件を下敷きに展開する。テレビ局のニュース映像用に撮られた暗殺現場のビデオ再生を予審判事が証拠調べに採用し、犯人探しが進んで行く。映画の狂言回しは予審判事役のTrintignantだ。

この映画の終幕では事件を追及していた報道番組キャスター自身も逮捕されてしまうのだが、それがテロップと共に顔写真映像として流れる場面では、後になって日仏で観客の反応が違うことが分かり、面白かった。

1970年に国内某所で観た時は観客はしーんと静まり返っていたが、73年にフランス人の観客の中で観た際は、その苦いユーモアに笑い声が上がっていたことを思いだす。

ヨーロッパ現代史の恥、ギリシャの軍事政権成立の背後にはパパドブロス大佐が率いる軍事諜報組織、KYPが存在し、戦後間もなくから長年CIAが公然と援助していたことはNew York Times記者、テイム・ワイナー著「CIA秘録上下」(文藝春秋刊)の10章「佐官たち」に描かれている。軍事政権末期、ギリシャ国内の密告屋は10人に1人ほどにもなったと言われている。

もっともCIAは肝心の軍事クーデタを事前に察知出来ず、政権内部で大恥を掻いたそうだ。この本は全編、膨大な予算を使いながら、歴史的事件の予測を悉くはずすCIAのまぬけぶりを暴露している。それでも秘密裡に行われる拷問や密殺は決して許されるものではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月19日 (木)

 回想のマルコム X

人気ブログランキングへ

1964年に出版された「The Autobiography of Malcolm X」は貧しく無知な黒人青年が刑務所の中で初めて本格的に学び、母語による表現を獲得して行く物語としても読める。マルコム・リトルは極めて優秀な学生だったが、15歳の折、弁護士になりたいと言う将来の夢を、善意あふれるの白人教師の次の一言でつぶされる。「黒人は現実的な夢を持たなくてはならない。君は手先が器用だから大工なんかどうだ。」マルコムは食堂車の給仕になり、チンピラになり、白人の愛人達と強盗を犯すまでになる。

現在、日本語では「完訳 マルコムX 自伝」上下巻が浜本武雄と言う人の翻訳で中公文庫で出ているようだ。単行本が1993年に出ていたが、現在は絶版となり、アマゾンなどで古本としてネットで買うことは出来る。

前年に映画「マルコムX」(1992年アメリカ)は監督「DO THE RIGHT THING」のスパイク・リー、主演デンゼル・ワシントンで封切られているので話題性を狙い出版されたものだろう。

僕が日本のマスコミや広告を手掛ける人々、所謂、業界人の浅薄さ、底の浅さに唖然とされられるのは「マルコムX」の激烈な生い立ちや生き様で獲得した現在でもそのまま通用する彼の普遍性を取り上げることなど金輪際なく、全てファッションとして消化してしまうことだ。

彼らの未熟さは、我々の思想的未熟さの表れなのだろう。また、残念ながら映画そのものも出来は良くない。終始、平板に原作をなぞることで映画は進み、原作の持つ感動は得られない。是非、著作そのものを読んで欲しい。短いが鮮烈な彼の生涯が一気に追体験出来、時間を忘れると思う。

マルコムXは「深南部で自分たちの教会が焼かれ、黒人の少女たちが殺されているのに何故、自分たち黒人が朝鮮半島で、ドイツで、南太平洋で、それぞれの戦争で中国兵、ドイツ兵、日本兵と戦わなければならないのか。どうして白人の為に血を流さなければならないのか、血を流すのなら自分たちの戦いの為に流そう。」とそんなことは考えたこともなかった黒人同胞の前でスピーチをする。彼が極めて優れたアジテーターだったことが良く分かる演説だと思う。

今日、アフガニスタンで、イラクで兵士にならざるを得ない境遇の貧しい黒人や白人たちが本当は何と戦わなければならないのか、「マルコムX 自伝」はそれをはっきり教えてくれる。黒人であるオバマ大統領の出現が貧しい階層の人々の境遇を変えることになるのだろうか。アメリカの民主主義が持つ懐の深さに期待しているものの一人だ。国民皆保険が実現出来れば、ウイルス感染の爆発は防げる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

 思い出の映画

人気ブログランキングへ

映画「Z]は学生時代に東横線は、とある駅の改札口を出て直ぐの商店街、その坂の途上にあった「白鳥座」という名前の洋画専門名画座で観たと思う。昼間は京浜東北線が通る海岸通りに今も残る米軍補給所で働いていた。当時僕は夕刻、6時からの授業に出る2部学生だった。外国語学部の学生ではなかったが、第二外国語にフランス語を取ったのは、昼間のアメリカ語だけの生活が嫌になっていた反動だったのかも知れない。職場に日本人は一人もいなかった。同僚達は戦場帰りのアメリカ軍兵士たち。

さて、購読で「チボー家の人々」Les Thibault」ロジェ ・マルタン・デイユガール著の一節を数人で読む授業を取った。これでは仏語会話が出来るようには絶対ならない。とすぐに了解出来たので、数人の学生たちと一緒にNHKのラジオ講座を教材にいくつかの外国語を学ぶサークルを立ち上げた。その中の何人かはその後、企業でイギリス語意外で仕事をしている。そのような中で「Z」はセリフが全てフランス語だと言うのは看板を見れば分かるし、田舎者でも イブ モンタン(Yves Montand)がフランス人だと言うことは知っていた。彼の芸名はイタリア語の「上がって来て、イブ!」に由来すると言う。

件のフランス語の購読を教えてくれた先生は僕等、1部・2部の入り混じっている学生たちの無知を嗤っておられた。特にフランスの時事や歴史を全く知らない僕等には本当に呆れていた。だから「Z」が政治的な映画だと言うのは観るまで僕等は全く分からなかった。もちろん、セリフが分かるようなフランス語の力は誰も持ち合わせてはいなかった。また、映画の舞台がギリシャにおける軍事クーデタを下敷きにしているのも中々理解できなかった。

だが、映画は政治的なテーマをが往々にして醸し出す教条主義的な臭いが無く、映画の大画面にたちまち吸い込まれるような、すぐれた娯楽映画として観ることが出来た。予審判事役のJean Louis Trintignantの背広姿のカッコ良かったこと。イヴ・モンタンももちろん大好きだった。彼はもちろん、主役。暗殺される野党政治家役だった。画面からは男の色気が溢れ出ていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月18日 (水)

 映画 「アルジェの戦い」

人気ブログランキングへ

映画「アルジェの戦い」の監督はジロ・ポンテコルヴォと言う人だが、僕は40年間、この作品はコスタ・ガブラスによって撮られたものだと思いこんでいた。やはり、大したへたれぶりだ。ただ、下手な言い訳になるが、1968年に「アルジェの戦い」を観た後、70年にコスタ・ガブラスの「Z」(1969年、仏、アルジェリア合作)を観ているので混同していたのだと思う。

この映画の主演はイブ・モンタン、イレーネ ・パパスそれに「男と女」のジャン ルイ ・トランテイニイアン(Trintignant)と制作も手掛けたジャック・ぺランが準主役、脇役を張っていた。

背景は67年から74年までギリシャを支配した軍事政権下で実際に起きた野党政治家の暗殺事件だ。その犯人捜査、テレビによって撮られた暗殺現場のビデオ再生を軸に映画は進む。

この映画の最終場面では事件を追及していた報道番組キャスター自身も逮捕されてしまうのだが、それがテロップともに映像として流れる場面で思いだすのは日仏での観客の反応が違うことだ。

70年に横浜で観た時は観客はしーんと静まり返っていたが、73年にフランス人の観客の中で観た際は、その苦いユーモアに笑い声が上がっていたことを思いだす。

ヨーロパ現代史の恥、ギリシャの軍事政権成立の背後にはパパドブロス大佐が率いる軍事諜報組織、KYPが存在し、戦後間もなくから長年CIAが公然と援助していたことはNew York Times記者、テイム・ワイナー著「CIA秘録上下」(文藝春秋刊)の10章 「佐官たち」に描かれている。

もっともCIAは肝心の軍事クーデタを事前に察知出来ず、大恥を掻いたそうだ。この本は全編、膨大な予算を使いながら、歴史的事件の予測を悉くはずす”CIAへたれぶり”を容赦なく描いているので、へたれ日記作者としてはこの力作の一読を薦めする。もちろん、CIAの背後で犯された南アジアや中南米での夥しい「市民の拷問や殺害」は許されるものではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブログ開設のきっかけ。

人気ブログランキングへ

「きっこの日記」の表現を借りれば、日記開設の経緯にくるりんぱと話を戻す。僕がこのブログを開設して1週間にもならない。「きっこの日記」を読んでいると 誰でも日記無料レンタルのタグが気になると思う。もうひとつ、僕が敬意を払っているブログに「世に倦む日々」の存在がある。このブログ作家の鋭敏な政治文化経済批評力に魅せられて、今年になって有料購読するようになった。僕にとって、ただひとつこのブログで気に入らなかったのは、コメント投稿がブログ主の許可がないと掲載されないことだった。

それに腹を立てていたのだが、きっこさんの2月7日(土)の日記で書かれた<正義と言う免罪符の幻想1-8>を読んで自分が見えなくなったいたことに気が付いた。 彼女は自分が日常で不愉快な目に遭ったことを自分の日記ブログで晴らすのは「正義」に見えて、単なる私憤に過ぎない、それは美しくないと書いているのだ。 自分も自戒を込めて「十戒」という映画は大人になって改めてみると駄作だと分かるが、日記を開設するきっかけを与えてくれた「世に倦む日々」ブログに感謝こそすれ 自分の私憤を晴らす手段にしてはいけないと気が付いたのだ。彼女の美意識はさすがだ。彼女こそ現代のサムライだ。その潔さに僕は感嘆するばかりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月17日 (火)

 映画 「イル・ポスティーノ」

人気ブログランキングへ

チリの生んだ最も偉大な詩人、パブロ・ネルーダは1973年の軍事クーデタの最中、非道極まりないピノチェット将軍に見殺しにされ、直接的には心臓発作により世を去った。僕はネルーダの詩集を読んでいる訳ではないが、「パブロ・ネルーダ回想録」=わが生涯の告白=(1977年に三笠書房刊)の存在を敬愛する堀田善衛の著作で知り、同時代に読み終えた。その後確かイギリス語版でも読んだが、今は手元にはない。

彼は職業的外交官だったが、本業で国外に滞在しているより、政治亡命者として外国暮らしをしているほうが長いのではなかったか。長年の友人だった堀田善衛によれば、ネルーダは”大変女性に持てる大入道”だったそうである。

パブロ・ネルーダの、その殆ど非業の死と呼ぶしかない最期から20年を経て、彼が再び脚光を浴びたのは映画「イル・ポステイーノ」(1994)によってであった。僕は封切り時にはこの映画を観ていなかったが、最近、有料放送かBSで放映されるたものを妻と一緒に見ていて妻がフィリップ・ノワレ演じるネルーダを観て、この人はどんな人かと聞いて来た。71年にノーベル文学賞を貰っているのだが、一般に文学に関心のない人がネルーダを知らないのは当たり前だろう。

僕は一応、妻に略歴を説明したのだが、その際にネルーダが友人の堀田善衛に語ったネルーダの懸念について、堀田がある著作の中で書いているのを思い出した。それは北米の裏庭と言われる南米での北米の存在とアジアに於ける日本の存在をキリスト教における原罪(SIN)のように捉えていたと言うのだ。重い言葉だ、私達にはどうしようもないことなのだが。

中南米に於けるCIAの暗躍とその結果引き起こされた20年の長き渡る惨憺たる市民の被害。中国大陸と東アジアの民が被った日本による暴虐。歴史的事実を返り見ればネルーダの言う通りだとは思うが、英国、スペイン、フランス、ポルトガル、オランダの長きに渡った植民地も同様に歴史的原罪と捉えるべきであろう。

それは兎も角、この映画の脚本、主演に名前を連ねたマッシモ・トロイージは映画完成直後に病気で亡くなっている。映画製作に命を掛けた製作者でもあったのだ。泣ける名画としても評価は既に定まっている。ぜひご覧頂きたい。また、ネルーダの著作も一度手にとって欲しいと思う。抜群におもしろい。世界が広がる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月16日 (月)

MISSING

人気ブログランキングへ

1982年、第35回カンヌ、パルムドールを受賞したコスタ・ガブラス監督作品「ミッシング」MISSING(アメリカ)。原作はトーマス・ハウザーによるアメリカ青年、チャールズ・ホフマン失踪を追ったドキュメンタリー小説である。僕は映画が公開された直後にペンギン版のペーパーバッグでこの本を読んだ。内容は戦慄する事実に満ちていた。

事件は1973年9月、選挙で民主的に選出されたサルバドール アジェンデ大統領の人民連合政府がCIAと米軍の介入もあからさまなピノチェット将軍のクーデタにより倒された只中で起きた。ホフマン青年はクーデタ発生から5日目、CIAが軍事政権に渡したリストにより国軍の兵士たちに連行されサンチャゴの複数のサッカースタジアムの中の一つで多くの市民と共に殺害されてしまう。

クーデタ直後の数日間だけでその数は1,200から6,000人以上、その後の累計で4万人が虐殺、10万人が逮捕、拷問され100万人が国外へと逃れた。

この作品はアメリカ映画である。主演はジャック・レモン、失踪させられたホフマンを探しにチリの首都にやって来た父親役そして助演は76年のデパルマ監督作品「キャリー」で主演を務めたシシー・スペイセクがホフマンの妻を演じている。

この映画は同年のアカデミーで脚色賞も貰っている。CIAや米軍の加担がはっきりと描かれ、現地大使館員の嘘や欺瞞が繰り返し描かれる中での受賞は、本多勝一が我が国との比較で語るように米国の持つ民主主義の厚みを感じる。ことさらオバマ新大統領の出現をここで言うまでもない。

コスタ・ガブラスの作品を語るのは、今回で一休みとしたい。ただ、政治の腐敗や市民のそれに対する無関心は恐ろしい結果を引き寄せる。中川財務大臣のG7を締めくくる記者会見の醜態は世界中に配信された。「きっこの日記」では2月15日にいち早く取り上げている。彼への軽蔑が政治全体に広がればどのような結果を招来するか、想像力を働かせておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年2月8日 - 2009年2月14日 | トップページ | 2009年2月22日 - 2009年2月28日 »