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2010年1月10日 (日)

800兆円の借金は財務省の責任

1月7日(木)のニュース・ステーションを「世に倦む日々」は次のように論評している。

1.NY・TIMESやワシントン・ポストは菅直人の台頭に警戒を示す

「市民運動家出身の経歴を警戒的に紹介して、日本政府不信を露骨に表現した論調のものになるだろう。ホワイトハウスでも、国務省からの分析を交えた緊急報告が入っているだろうが、どのような評価や議論になっているだろう。察するに、藤井裕久から菅直人への政策主導権の移行は、現在の米国政府にとっては歓迎よりも失望の方が大きかったはずだ。M.グリーンやアーミテージらジャパン・ハンドラーズの面々が蒼然として臍を噛む様子が目に浮かぶ。彼らのカウンターパートで軍産複合体のエージェントである森本敏、岡本行夫、春名幹男らも、慌ただしく情報交換に追われながら神経衰弱が限界に達しているのはないか。その姿を想像すると小気味がいい。彼らにとって藤井裕久の失脚は恐れていた最悪の事態なのだ。菅直人は副総理であり、立場上、ポスト鳩山の筆頭である。鳩山由紀夫に不慮の事態があった場合、菅直人が自動的に総理に就任する。現在の日本の政治権力はトロイカで盤石に固まった状態になっていて、鳩山由紀夫が権力を手放した場合は、菅直人か小沢一郎がそれを引き受ける構図になる。この事実は、鳩山現政権の退陣や挫折を願う立場や勢力、すなわち米国や新自由主義側にとっては重大な問題で、鳩山由紀夫を簡単に失脚させられない面倒な事情になる。森本敏やM.グリーンの立場になって考えてみよう。鳩山由紀夫と菅直人とどっちがいいか。鳩山由紀夫の方がstill betterでnot worseに決まっている。小沢一郎はterrible happeningで、菅直人はworst caseだ。やや深読みで、些か陰謀論的な見方になるが、鳩山由紀夫が今回の人事を即断した理由として、米国の謀略を未然に防ぐ保全措置の意味を勘ぐってしまう。米国は、鳩山政権の転覆を狙って仕掛けを打ってくるはずで、この政権を米国の国益にとって有害であると判断して見限っている。岡田克也を権力に就けるか、自民党を政権に復帰させるか、どちらかの可能性を模索しているはずで、そのプログラムを策定している最中だろう。だが、菅直人が政策の全権を握って台頭し、トロイカがバランスよく均衡して結束すると、この権力体制にはどこからも手が出せないのである。鳩山由紀夫を追い落とす積極策が講じられない。そして、内政を掌握した菅直人の一策一策が、確実にに米国による支配から日本を切り離す方向に導いて行く。」これは日本にとっては民主党が政権を掌握して得た敗戦後初の果実だ。

2.菅直人か小沢一郎が次期総理となる

新聞幹部である一色清の「政治主導」の観念がある。プリテンドなのだ。一色清にとって、「政治主導」とは民主主義政治の実体を意味するものではなく、本当は官僚が主導している政治を、政治家が主導しているように演技して国民に見せかけ、国民の人気を調達する手法なのである。最初からポピュリズムの手段だと意識されている。一色清にとって、官僚主導から政治主導へという民主党の命題は、実体的な意味のないスローガンなのであり、それらしく演技をすればいい問題なのである。つまり、「政治主導」なる範疇は虚妄なイメージに過ぎず、実際には官僚主導で全てが行われているのが真実で、それ以外になく、官僚主導で何も不都合はないのである。昨夜、菅直人の大臣論を聞き、一色清の政治主導論を聞きながら、この国の民主主義という問題に直面する深刻な実感を持った。そもそも、政治主導という言葉は、民主主義政治のあり方に関わった問題である。わが国では、国民に選ばれた議員ではなく、試験に合格した官僚が政策と予算を壟断し、自分の私益のために権力を濫用している。国民から搾り取った税金を無駄に浪費している。政治主導という言葉には、それを否定する意思がこめられ、国民の税金を正しく使わせる政府を実現するという民主主義の理想が祈念されている。だが、マスコミは政治主導という言葉から内実を奪って空疎な標語に飾り上げ、官僚主導の現実を動かす政治を阻むのである。」 官僚と自民党議員に60年寄り添って生きて来た新聞・テレビマスコミは自分たちの楽な、そしておいしい生活が忘れられず、頭もまた切り替えられない。彼らに出来ることは政治状況が変わったことを国民に気付かせないことだ。市民の覚醒をもっとも恐れているのは実はマスコミの世界なのだろう。目覚めれば新聞はますます売れなくなり、テレビも皆見なくなる。 6.マスコミと官僚の露骨な癒着 官僚が権力を壟断している。政策と予算を恣にして、税金を国民の福祉には使わず、自分の飲み食いや退職金に散財している。その中枢が財務省である。だが、マスコミは政治主導を口で言い、表面的には官僚批判の基調の上に乗りながら、肝心なところでは巧みに言説を操作して、官僚主導の実質を正当化し、国民の観念にその妥当性と普遍性を刷り込むのである。具体的に言えば、藤井裕久に対する積極的評価であり、それと対照させた菅直人に対する否定的評価である。曰く、官僚とは対立でなく協調して上手に使いこなさなくてはいけない。曰く、藤井裕久は政権運営の経験のない民主党政権の立ち上げをサポートして、官僚機構との関係を橋渡しする偉大な貢献を果たした。曰く、官僚に嫌われる菅直人は、きっと政策運営で躓いて転ぶに違いない。これらの言説はマスコミが上から撒いているものだが、ネットのブログ左翼もそのまま受け入れて自分の観念や常識にしてしまっている。これらの言説は誰のものなのだ。発信源は財務官僚ではないのか。支配者である財務官僚が、マスコミを使って国民に植え付けている虚偽意識ではないのか。藤井裕久と丹呉泰健は最初からグルであり、まさに官僚主導の権力の中核の人物であった。この二人を中心に何人かが集まって、あの事業仕分けが企画遂行されている。事業仕分けは構造改革の手法であり、「ミスター小泉改革」と呼ばれて小泉政権の首相秘書官を長年務めた丹呉泰健が暖めてきた「改革」の一策だった。菅直人が経済政策に無知で不安だと言うのなら、ローマで飲酒会見の醜態を曝した中川昭一はどうなるのだ。伊吹文明や額賀福志郎は優秀な財政の専門家だったと言うのか。その菅直人批判の指摘を真に受けていいのか。 7.800兆円借金は財務官僚の責任 忘れてはいけないことがある。考え直さなくてはいけないことがある。800兆円の国の借金は誰が作ったのか。この間、ずっと国家の財政を管理担当してきた責任者は誰なのか。マスコミは、それは自公政権だと言い、今は責任から離れた者を指さして済ませる。人はすぐに、それを自民党の責任だと言って観念してしまう。違うだろう。それは財務省ではないか。何十兆円も大型公共投資をバラ撒きながら、景気回復に失敗し続け、予算を無駄に食い潰した責任者は誰なのか。国民の税金を天下りと渡りに浪費する構造を作り、無駄遣いの温床である独行法人や特会基金を増殖させてきたのは誰なのか。企業の法人税を下げ、銀行の租税を免除し、富裕層の所得税率を引き下げ、税収が国庫に入らない新自由主義税制の仕組みを作ったのは誰なのか。丹呉泰健と財務省の官僚たちではないのか。なぜ彼らの責任は追及されないのか。そして、国の借金の責任が国民にあるかの如き言説がまかり通り、国民が消費税の増税で負担せよという主張が正論になってしまうのか。国民が国の借金を自分の責任だと思い込んでいるからこそ、社会保障費の削減と負担増(聖域なき構造改革)が正当化され、地方交付金の削減(三位一体改革)が当然視され、消費税増税が世論の半数となるのである。現在の財政危機を作ってきたのは、国民ではなく財務官僚である。責任を負うべき財務官僚が、マスコミを使って周到に国民を欺き、国民に責任を押しつけているのではないか。確かに、自公政権の政治家(歴代財務相や族議員)にも責任はあるだろう。だが、それは政治責任である.税制や予算を設計し法制を実務しているのは、政治家ではなく官僚である。彼らこそが全てを承知している。財務官僚こそが糾弾の壇上に上げられなくてはならないはずだ。日本の財政を危機に陥れた真の責任者は財務官僚である。政治主導とは民主主義と国民の権利に関わる問題である。800兆円の借金を作った責任者は財務官僚だ。財務官僚の責任を不問にしてはいけない。

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