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2010年1月24日 - 2010年1月30日

2010年1月28日 (木)

平野官房長官は発言を撤回しない

最新「世に倦む日々」ブログは平野官房長官の辺野古湾の自然を破壊してまでも、そして新たに選出された名護市新市長の稲嶺進の強行な反対にも係わらず「移設には法的措置が取れる」との発言を続けているのは民主党の総意であり、民意を無視するマスコミの暗黙の了解があるからだろうと報じている。画して沖縄は僕らの犠牲になり続けるのか?僕らはその犠牲は当たり前と冷酷に沖縄の人たちの気持ちを無視し続けるのか。64年のつけは僕ら自身が支払うのが本筋でほないのか。以下は同ブログの後段だ。

「名護市の新市長に決まった稲嶺進をスタジオに呼ぶテレビの報道番組がない。生放送で現地インタビューした番組も見たことがない。マスコミは稲嶺進を国民の前に登場させようとしない。こんな事があるだろうか。昔のニュースステーションだったら、当選翌日の1/25の生放送のスタジオにトップから呼び、20分間は久米宏と小宮悦子が詳しく話を聴いていただろうし、稲嶺進の経歴や人となりが視聴者に伝わるような報道内容に仕上げていただろう。筑紫哲也のNEWS23だったら、フットワークの軽快な佐古忠彦が名護に飛び、スタジオと名護を結んで筑紫哲也が新市長とインタビューをしただろう。大田昌秀も同席して出演していたかも知れない。TBSの方はテレビ朝日と違って報道製作のプライドがあり、現地の取材映像の方に力を入れ、日中に佐古忠彦が名護市街と辺野古を駆け回って、選挙翌日の市民の素顔を伝え、そしてまた、凄まじかった選挙戦を振り返って真相を伝えていただろう。佐古忠彦の真摯なコメントが視聴者である私の心を打っただろう。筑紫哲也と佐古忠彦の感動の沖縄報道があっただろう。それは私の中で長く記憶に残るものになっただろう。どうして、今はそういう報道番組がないのか。見ることができないのか。それを思うと、筑紫哲也の死は本当に痛い。今回、沖縄の旅を思い立ったのも、一つは筑紫哲也と佐古忠彦のことを思い出したからだった。沖縄に拘る。現地に拘る。基地問題に拘る。普天間基地がこんなに有名になるずっと前から、佐古忠彦は何度も嘉数高台公園からの展望を背景にカメラの前に立ち、日本の国民がもっと基地問題に注意と関心を深めるように説得していた。

1/25にクローズアップ現代で特集があったが、上からの締めつけがあるのか、印象に残るような番組にはなっていなかった。日米関係と安保問題については、政権交代の後も、NHKの極端な親米保守の傾向は一向に矯正の兆しがない。政府がもっと変わらないとNHKは報道の姿勢を変えない。NHKの国際関係や安保問題の報道は、外務官僚と親米右翼が牛耳ったままの状態になっている。三宅民夫の親米右翼路線が基調になっている。アーミテージ=グリーン=岡本行夫=森本敏の路線のままだ。クローズアップ現代では、ようやく田中均を解説に呼び、ややマイルドな方向に立ち位置を寄せる仕草を見せていたが、田中均はグアム移転案すなわち国外移設を全く論外と一蹴。普天間基地の使用を継続しつつ、少しずつ機能の分散を図るという案を示していた。これでは何の解決にもならないし、分散を受け入れる沖縄の基地周辺の住民が迷惑するだけだ。しかし、どうやら、鳩山由紀夫が考えている5月決定の落としどころも、田中均が説明した辺りにあるのではないかと推察される。移転先を決めないまま、普天間基地の演習規模や使用機の縮小を計画で言い、同時に周辺の基地に分散させる。分散の費用を日本政府が負担する。そういう交渉をするのではないか。辺野古一辺倒の岡本行夫の路線よりはマイルドであり、言うならばハト派の路線。実際、外務省の対米外交のヘゲモニーは、自公政権時代の親米タカ派路線の岡本行夫から離れ、ハト派を標榜する田中均に移行しつつあるのではないか。右の岡本行夫と左の寺島実郎の中間のスタンスが田中均という図式に落ち着く。田中均の復権であり、北朝鮮政策にも変化を及ぼすだろう。

鳩山由紀夫の意向は、沖縄に対して辺野古沖埋め立ての強制執行を臭わせて脅しつつ、それが否なら普天間基地の機能分散しかないと言い、形だけ周辺に分散する案を沖縄に受け入れさせることだろう。それなら仲井真弘多は簡単に首を縦に振る。無論、「形だけ」であり、縮小だの分散だの負担軽減だのの具体的な中身は曖昧で、米軍側がそれを実行する保証はない。実質的には普天間基地はそのまま残り、返還も移設もないままの現状を続け、鳩山政権の次の政権が宿題にするという展開になると思われる。今年11月には確実に反基地の沖縄県知事が誕生する。それまでに、米国と政府は普天間についての「新合意」を作って固めておかなくてはいけないはずだ。新知事が口を差し挟めないように、両国政府と沖縄県で「新合意」を固め、それの実施中だという既成事実を作るのである。計画を覆せないようにする。カギは伊波洋一の対応ということになるが、伊波洋一を説得して「新合意」に引き入れるのは無理だと米国も政府も諦めているのではないか。すなわち、相当なバラマキで宜野湾市民の懐柔工作に動くはずで、これまでは名護市民が二つに引き裂かれたが、今度は宜野湾市民が二つに引き裂かれる事態になるだろう。普天間基地の(形だけの)機能縮小分散案なら、民主党の中は纏まり、連立を組む国民新党も同意する。社民党は苦渋の選択になるが、参院選で民主党の選挙協力が必要な社民党は、無碍に拒絶もできないし、支持者の反対も無視できず、板挟みで混乱するに違いない。板挟みは民主党の沖縄県連も同じだが、だからと言って参院選の沖縄選挙区で票が自民党や共産党に流れることはない。「沖縄ビジョン」は有名無実の文書になる。

それで参院選で民主党が克った場合、おそらく勝つだろうが、普天間問題は政局の表面から一年ぶりに消え、次に米ヘリが墜落するとか、米兵が婦女暴行事件を起こすまで、世間に顔を出すことはなくなるだろう。問題の先送りであり、裏切りである。」平野官房長官は鳩山の5月までの選択肢をこれ以上縛られたくない。側近としては当然の行為だろう。たとえ無能と謗られても忠犬ぶりをご主人に示す必要が平野にはある。

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2010年1月24日 (日)

郷原伸郎元検察官の見識

下記は「きっこの日記」中の世田谷通信に掲載された記事だが、その記事に先立ちNY TIMESは元検察官、郷原伸郎に取材し、小沢一郎を標的にした今回の東京地検による捜査は官僚による民主党への攻撃、つまりは権力闘争だとNY TIMESの記者は書いている。「きっこさん」さんもご自分のブログで書いておられるように記者は「検察により物語が作られた」と書いている。その上に下の記事だ。

検察OBはいかに今度の東京地検特捜部の捜査が常軌を逸しているか、そのOBが2人も証言しているのだ。英国のフィナンシャル・タイムスと言い、欧米の一流紙も今回の捜査に対する論評は「検察・旧自民党勢力の揺り戻しを許してはいけない」と言うものだった。産経・読売グループの嘘報道はこれではっきりと暴かれている。

1月17日に放送されたテレビ朝日「サンデープロジェクト」で、「小沢氏VS東京地検特捜部」と銘打って民主党の小沢一郎幹事長の問題を取り上げた際に、元検察官の郷原信郎弁護士が「反検察」の立場で発言をしていたのに対して、元東京地検特捜部長の宗像紀夫氏は一貫して特捜部のやり方を擁護する発言を続けていた。しかし、番組終了後に、宗像紀夫氏がジャーナリストの大谷昭宏氏に対して「私も実はあなたと意見は同じなんですよ。今回の検察のやり方は全く目茶苦茶です」と語っていたことが、ジャーナリストの高野孟氏の報告で分かった。放送中、宗像紀夫氏は、黒だと思った相手を立件するためなら、見込み捜査や別件捜査も構わない、別件逮捕で身柄を拘束してから厳しい取り調べで自白させればよい、というような主張を繰り返し、現在の特捜部のやり方を擁護し続けた。しかし、番組終了後に、放送中の発言を一転させて、現在の特捜部のやり方を「全く目茶苦茶」だと批判した宗像紀夫氏を見た高野孟氏は「ここで郷原と一緒になって検察批判をしたんでは番組として成り立たないという判断だったのだろう」と感想を述べている。放送中の宗像紀夫氏の発言が、番組プロデューサーの指示によるものか、本人の判断によるものかは定かではないが、少なくとも元東京地検特捜部長という肩書きの人物が、現在の特捜部のやり方を「全くの目茶苦茶」だと見ている事実は非常に重いだろう。この「小沢氏VS東京地検特捜部」は、24日の「サンデープロジェクト」で第2弾が放送されるが、視聴者はテレビから流れる情報だけを鵜呑みにせず、こうした「テレビの裏事情」も推測した上で放送を観るべきだろう。(2010年1月24日)

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