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2017年5月10日 (水)

通訳案内士デビュー1年計画

2月末のかかと骨折で、デビュー計画は大幅に遅れしまったのですが、病院に見舞いに来てくれた長女は「お父さんが通訳案内士の資格を取ったのは、2020年の東京オリンピックを睨んでのことなのだから、ゆっくりリハビリして、十分に準備してからにしたら」と言ってくれました。

僕には二人の孫がいますが、ふたりともこの長女の息子達です。この長女もパリのバイリンガル私立リセ出ですから、3ヶ国語を話し、英語教師をしていますから、多言語の専門家の端くれ、良いアドバイスを僕にしてくれます。
さて、本題です。
僕は英検1級を取得した2013年の時点で、通訳案内士には合格していませんでしたが、「喰えない資格のひとつ」として、通訳案内士を何度も記事にしています。僕は、直接その業界に係わってはいませんでしたが、若い時から英語通訳案内士の方々がプロの添乗員として、パリを訪れていて、主に彼等、彼女らと話したり食事したりしていた経験が数多くありました。
大昔に、この資格を取った世代は大変難しい試験でしたから、ほんの一握りのプロ添乗員として40年前は欧州を訪れていたのです。その後、アマチュアが添乗員になる時代には、この方たちは自営業者、物書き、経営コンサルタントなどに転進して行かれました。
つまり、その大昔ですら、「通訳案内士」は喰えない資格の代表だったのですね。ただ、それだけの実力がある、目端の利く「通訳案内士」の方々の一部が、その資格を踏み台にして、その上を目指した時代があったと言うことでしょう。
Alors, il pleut ce matin, donc, on ne se promene pas en ce moment.

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